……『故意』だと?


ということは、あれは事故ではなく意図的に行われたもの。
つまり『殺人』か?
しかし、殺人ともなれば、聖域側が何もせずに放置しておくなどない筈だが……。


「その事実を知っている人は、他に誰もおりません。私もあの日、偶然に知ったのですから。」
「偶然だって?」
「はい。もし、あの時、あの場に行かなければ、私もずっと真実を知らないままだったでしょう。」


あの日――、そう、この双魚宮でアレックスを見掛けた、まさにその日の事。
彼女は急ぎカミュのサインが必要な書類を持って、宝瓶宮へ向かった。
だが、そこにカミュの姿はなく、彼女は暫く周辺を探して回った。


丁度、その頃、宝瓶宮の裏手では修復工事が行われていて、作業員達が詰めるための簡易小屋も設置されていた。
可能性は少ないが、もしやそこにカミュが行っているかもしれない。
そう思ったアレックスが、その小屋の扉を叩こうとした、その時。
ドアの内側から微かに聞こえた会話の中に、『自分の父の名前』をはっきりと聞き取り、彼女は凍り付いたかのようにその場を動けなくなった。


立ち聞きする気など毛頭なかった。
だが、この状況で何も聞かずに立ち去る事など出来る筈もなかった。


現在の彫刻師の頭は、七年前の当時は副頭として、アレックスの父の下で働いていた。
彼女の父は素晴らしい彫刻師として高く評価されていた反面、とても厳しい職人としても有名だった。
どんな作業にも決して手を抜かず、弟子達を褒める事もしない、怒られて怒鳴られる事から学び成長し、良い修復師に育つのだと、そういう考え方をする昔気質の人物だった。


そのせいだろう。
彼を慕う人もいた反面、彼の指導方法に反発する者も多くいたようで、特に当時の副頭は、彼に怒鳴られる度に逆恨み的な不満を募らせていったようだ。
結果、その副頭を筆頭に、不満を持つ者が幾人も集まり、その『事故に見せ掛けた殺人』と言う大それた事件を画策するに至った。


そう、副頭は数人の部下達と示し合わせて、アレックスの父親の上に造り掛けの石像が崩れ落ちるように細工したのだ。
成功すれば良し、成功しなくても大きな怪我を負えば、俺様な上司も少しは大人しくなるだろうとの考えで。


――アイツさえいなければ……。


そう思って仕組まれた罠。
結果的に、それは見事に成功し、アレックスの父の死は『事故死』として処理されたのだ。


「小屋の中で話をしていたのは、その副頭……、いや、今は『頭』だったね。彼だったのかい?」
「えぇ、そうです。彼と、その当時、一緒に事故を仕組んだ者達のようでした。彼等、笑っていましたわ。『まさか、あんなに上手くいくとは思わなかった。』と、そう言って。」


綺麗な顔を歪めて唇を噛むアレックス。
相当、悔しいのだろう。
普段、感情を殆ど表に出さない彼女が、こんなにも辛そうな顔をしているのは初めて見た。
アレックスの心の中は、きっと悔しさと悲しさで溢れているのだろう。


「……辛いだろうね。」


そんなありきたりな言葉しか言えなかった。
彼女に掛ける言葉が見つからなくて。
目の前で瞳を曇らせるアレックスの痛い程の悲しみと切なさが、こんなにも伝わってくるというのに。





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