明らかに困惑を滲ませた顔をオズオズと上げ、自分を見上げてくるアレックスの何と愛しい事だろう。
真っ直ぐな瞳は曇り一つなく、純粋で疑いを知らなくて、無防備で、放ってはおけないあどけなさまでも持っていて。
四年前と何も変わらない、無垢な少女のままだった。
人と人、腹の中を探り合う社会の中で、忙しく仕事に没頭し、キャリアウーマンという殻を着込んで自分を守っているように見せてはいるけれど、その実、中身は恋愛には疎い、あの頃と全く同じ。


「キミが何も変わっていなくて、私は嬉しかったんだ。」
「……え?」
「もしキミが数多の恋愛を経て、私など軽くあしらう女になっていたなら、どれだけ失望したか分からない。」


こんなにも男との駆け引きに慣れていないのなら、間違いない。
彼女はあれから、ただの一度も恋愛を経験していないのだ。
今のアレックスにとって、四年前に終わった彼との恋愛が、最初で最後。
彼女自身がそう言っていた事は嘘ではない、本当の事だった。
そして、それはまた、彼も同じ……。


「キミが私の元から去ってしまったあの日から、今日、今この時まで、私は誰にも恋をしていない。キミ以外の誰かに心を動かされた事もなければ、好きだと思った事もない。そりゃあ、薄っぺらな恋はあったよ。でも、それは『遊び』と最初から割り切ってのもの。ただ駆け引きを楽しんで、自分も相手も満たされればそれで良い、一夜の情事のようなものだった。それもこれも、あの日からポッカリと穴の開いてしまった心を慰めるためだけの戯れ。つまり、この心は、ずっとキミだけのものだったんだ、アレックス。」


思い返せば、四年前のあの日。
アレックスが姿を消してしまった時、共に行動していた相棒――、山羊座のシュラに言われた言葉。
「だから言わんこっちゃない。」と呆れられ、そして、地味に怒られ、クドクドと諭された。
これは潜入調査だ、聖域の構成員として、聖闘士として、成さねばならぬ大義がある。
そして、聖衣を奪還さえすれば、この数ヶ月に係わった人達とは、もう二度と会う事もなくなるのだ。
周囲の視線を惹き付けて、注意を自分に集める役割とはいえ、特定の女に入れ込み、うつつを抜かしている場合ではないのだ、と。
確かに、その通りだった。


だが、何をどう言い聞かされたところで、一度動いた気持ちが変わるなど有り得ない。
運命は偶然の連続。
たまたま任務で潜入した先の大学に、自分の運命の相手がいた。
聖域の女官でもなく、聖域と繋がりのある組織の関係者でもなく、極普通の大学生、一般人のアレックス。
それが自分の運命の相手だったのだ。
怒られても、諭されても、こればかりは、どうしようもなかった。
恋に落ちる瞬間を、自分で選べる人間などいないのだから……。


「今日、キミに再会して分かった。やはり私の運命の相手は、キミなんだよ、アレックス。あれから、私はキミを忘れようと努力もしたし、新しい出会いがあるかもしれないと思った事もあった。けど、無駄だった。結局、全てキミへと戻るんだ。悪戯に自分の心を擦り減らしてしまっただけさ。」
「ロディ……。」
「キミは責任を取らなければならないよ。四年もの間、私の心を雁字搦めにして、前へ進む事を阻んだ責任を。」


それだけではない。
聖衣奪還という大事な任務の最中でありながら、無垢で無防備な笑顔を以てして、この心を奪った責任と、そんなにも強い想いを植え付けておいて、最後には自分を捨てて去ってしまった責任。
その二つの責任をも、彼女は取らなくてはならない。


肩に置かれていた手に、突然、強い力が籠もる。
ハッとする間もなく横抱きにされて、アレックスの視界が変わった。
目の前に広がっていた夜景から、今は部屋の内側へと目線が変わる。
そして、その先にはあるのは、大きくて寝心地の良さそうなベッド……。


「あれから、キミが誰のものにもなっていなくて良かった。キミの全ては、私だけが愛でれば良い。私だけが知っていれば良い。」
「っ?! ろ、ロディ?! や、駄目っ!」


駄目だなんて、どの口が言えるのか?
柔らかに弧を描く彼の口元が、更に妖艶に笑みを深める。
アレックスは、その笑顔の美しさと熱い眼差しに、ただただ息を飲んだ。





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