アレックスの耳に、彼の優しい声が響いた。
僅かながらに激昂し掛けていた彼も、自分の浅はかさに思い至り、穏やかな気持ちを取り戻したのだろう。


「他に聞きたい事はあるかい? 何でも答えよう。何でもだ。キミの聞きたい事なら何でも。」
「本当に……、答えてくれるの?」
「あぁ、勿論。男に二言はないと言っただろう。私にとって躊躇う事など何一つないのだからね。」


アレックスの右の瞼に掛かる前髪を払い、目を細めて見下ろしてくる彼。
罪悪感からか、それとも、何か別の目的があるのか。
その優しさの意味を推し測りかねたアレックスだったが、今は疑うよりも、目の前の微笑みを信じてみようと思った。


「貴方達の探し物はなんだったの? 私がそれを聞いたところで、意味なんてないのかもしれないけれど。」
「探し物、ね……。それは聖衣だった。我等にとっては何よりも大事なものだ。」


……クロス?
聖衣とは一体、何なの?
眉を寄せるアレックス。
彼女のその反応に、浮かべた笑みを深める彼。


「聖闘士は知っているかい? 少し前に、日本で話題になった筈なんだけど。」
「セイント……。あぁ、確か銀河戦争とかいう催し物で、少年達がバトルをしていたわね。総帥が主催して、日本中が盛り上がっていたわ。途中で中止になってしまって、とても残念だったけれど。」
「その少年達っていうのが、聖闘士なのさ。ちなみに言うと、私もそうなんだけどね。」


私もそう……。
という事は、彼も聖闘士だと言いたいの?
人知を遥かに越えた力とスピード、圧倒的な強さ。
アレックスも一試合だけ、あのバトルを見に行っており、その時の事が脳裏に思い浮かぶ。
あの日、闘技場の一角から目の当たりにした迫力は、彼女の理解を遥かに越えたもので、その桁違いの激しい戦闘に呆然としたのだ。
そんな物凄い少年達と同じ存在なのだと、彼はハッキリと言い切った。
とすれば、彼もまた、彼等と同等の力を持っているというのだろうか?


「同等だなんて心外だな。彼等は青銅、ヒヨッコも同然だ。そんな彼等と、黄金聖闘士である私を、一緒にしないでもらいたい。」
「黄金……?」
「聖闘士は実力により青銅・白銀・黄金に分けられる。青銅は一番下、黄金は八十八人の内、僅か十二人しかいない。黄道十二宮の星座を守護星座に持つ、最高位の聖闘士だ。私の守護星座は魚座、至高に輝くと言われる黄金聖闘士の一人さ。」


開いた口が塞がらないとは、この事をいうのだろう。
アレックスは本当にポカンと口を開けたまま、自分の肩を抱き寄せる秀麗な顔の男を見上げていた。
この絶世の美女と見紛う美しい男が、あのとんでもない力を持つ戦士と同じ存在、しかも、彼等など足元にも及ばない程に強い戦士なのだと言われて、俄かに信じられるだろうか。
その上、そんな人が、自分の恋人だったなんて……。
信じたくとも、信じられない、信じられる訳がないのが当然だ。
アレックスはパクパクと口を動かすが、当然、その喉からは声が出てはこなかった。


「……アレックス?」
「あ、あの……。えっと……。」
「すまない、アレックス。どうやら、キミの理解出来る範疇を越えてしまったようだね。」


混乱する以前に、頭が真っ白になって、何も入ってこない。
彼の艶めく紅い唇から零れ出た言葉は全て、彼女の耳を右から左へと抜けていってしまっていた。


「……ねぇ、ロディ。」
「ん? 何だい、アレックス?」
「貴方は……、私と出逢った、あの時にはもう、その黄金聖闘士とかいう身分だったの?」
「そうだよ。私が黄金位に着いたのは、まだ十代にもならない頃だったからね。」
「それじゃあ……。」


自分は大学の誰もが振り返る見目麗しい男性に選ばれた。
それどころの問題ではなく、聖闘士という人知を越えた戦闘力を持つ存在で、しかも、その中でもトップに位置するという、雲の上の、そのまた上の、上の、遥かに上にいる人に選ばれ、見初められたというのか。
真っ白になった頭の中に、突如として雪崩れ込んできた混乱と困惑の渦。
アレックスは何をどうして良いのやら、どう受け止めれば良いのか、どう理解すれば良いのか、何もかもが分からなくなってしまっていた。





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