「だったら……、私が逃げ出さなくても、いずれ貴方は私の傍から離れていったのね。」
「確かに、キミが居なくなった直後に、事態が進展した。探しものは見つかり、それを取り戻すために、私とアイツは大学と交渉し、それが決裂すると、猛烈に脅しを掛けて、それを取り戻した。そうなれば、もう大学に用はない。私達は直ぐに大学を去っただろうし、実際にそうした。留学が取り止めになったと理由を付けてね。だが……。」


向かい側に座る彼が身を乗り出し、アレックスへと真っ直ぐに伸びてくる腕。
そっと頬に触れた指は長くしなやかで、それでいて、男性らしい力と張りのある圧力を持って、アレックスの肌に押し当てられる。
トクン、彼女の心臓が、一つ大きく音を立てて鳴った。


「キミを置いていくつもりはなかった。何もかもが終わったら、攫ってでもキミを連れていこうと思っていた。私が本来、在るべき場所に。キミが嫌だと言っても、無理矢理にでも、連れていくつもりだった。」
「ロディ……。」


強い強い瞳の力だ。
アレックスはそれ以上、何も言えずに、彼の目を逸らさず見つめている事しか出来なかった。
逆らえない、目を逸らす事も出来ない。
今の自分に、それは許されていないと、アレックスは感じていた。


「なのにキミは……、キミは私を捨てて、日本へと逃避行してしまった。私がどれ程に落胆したか、悲しんだか、キミは分かるかい?」
「…………。」
「私の持つ情報網があれば、キミを追う事くらいは簡単だった。でも、そうしなかったのは、逃げ出すくらいにキミが追い詰められていた事実に気が付かなかった、不甲斐無い自分への戒めのためだった。だが、生まれて初めての失恋の痛みは、予想外に大きくて、私は暫く立ち直れなかったんだ。」


――ガチャンッ!


カップが揺れた大きな音にハッとする間もなく、彼がテーブルを乗り越えて、アレックスの前に自分の身体を捻り込んでいた。
ガラス製のテーブルを少しだけ押し退け、ソファーに座るアレックスに圧し掛からんばかりに詰め寄る。


「どうして……、どうして何も言ってくれなかったんだ? どうして私に一言でも、相談してくれなかった?」
「それは……。」
「逃げ出したんじゃなくて、私が嫌いになったのかい? 私が面倒臭くなった? 私など、傷付いて滅茶苦茶になれば良いと思った?」
「ち、違う! 違うの、そうじゃなくて……!」


彼の白いシャツの両袖をギュッと掴み、アレックスは目を見開いて反論した。
逃げ出した事は確かな事実で、彼がそう考えても仕方ない。
逃げ出された方からすれば、自分は嫌われたのだと思うだろう。
当然、逃げ出した相手を恨みもするだろう。
それでも弁解が出来るなら、アレックスは少しでも伝えたかった。
決して嫌いになった訳ではなく、ただただ自分の心が弱かったのだという事を。


「わ、私が……、私が子供だったのよ……。誰かを好きになるのも初めてで、何も分からないまま貴方と付き合った……。そして、何もかもが怖くなって逃げ出した……。それだけなの。貴方に否など何もないのよ……。」
「そうかな? 私はそうは思わない。否ならあったさ。キミの苦しみに、キミの悩みに気付いてあげられなかった。それだけでも……、私の否は十分さ。」


ホウと小さく息を吐き、彼はアレックスに覆い被さっていた身体を退けた。
そのままアレックスの横、ソファーの空いたスペースに腰を下ろし、彼女の肩を優しく抱き寄せた。
頬に掛かる髪を払い、自分を見上げてくるアレックスの額に唇を寄せようとして、だが、僅か数センチ顔を近付けただけで、彼はピタリと動きを止める。
そして、少しだけ迷った後、行き場のなくなった唇を、彼女の頭頂部へと髪の上から押し付けたのだった。





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