透明色に包まれる



「……味見?」
「はい。あの、宜しくお願いします。」


ダラダラと暇を持て余していた夕方の事。
思い掛けず人馬宮を訪ねてきたアレックスが、俺の目の前に差し出した大皿。
きっちり大きさの揃ったドルマデス――、米と挽き肉にスパイスを加え、葡萄の葉で包んで炊いたギリシャ料理だが、それがピラミッドの如き高さで盛られていた。


「どうして、俺?」
「ギリシャ料理ですから、ギリシャ出身の方に味を見てもらうのが一番かと思いまして。」


ギリシャ人ならば俺以外にもいるだろう。
そう言い掛けて、だが、その言葉は喉の奥に飲み込んだ。
確か、アイオリアは夜勤警護の当番で、今頃は教皇宮に向かっているだろう。
ミロは二日前から任務で聖域外だったな。
だから、選択肢なしで、俺のところに来たという訳か。
だが、それにしたって……。


「味見なら俺より適任者がいるだろう。アイツなら一年三百六十五日、執務室に行けば必ず会える。」
「それが出来るようでしたら、最初から、そうしてます。」
「ん?」


アレックスはハアァと大きな溜息を零すと、クドクドと愚痴を吐き始めた。
この数日、アイツがデスクに山と積まれた幾つもの書類の束を、席も立たず、顔も上げずに、光速で処理している事。
今にも額から鬼の角が生えてきそうな様子である事。
その凄まじい形相に、とてもじゃないが声など掛けられない雰囲気だという事。
しかも、料理の味見などと、サガの仕事とはまるで無関係の用事で、中断なんてさせられない、と。


「そんな状態だからこそ、寧ろキミが声を掛けて、サガに息抜きさせてやったら良いんじゃないのか?」
「とんでもない責任転嫁の言葉を、良くもそう平然と言えるものですね。流石です、アイオロス様。」


アレックスは細めた目で呆れた視線を俺に送ってくる。
まぁ、言いたい事は分かる。
同じ黄金聖闘士、同じ教皇補佐でありながら、サガは自宮にも帰らず仕事漬け。
一方の俺は、こうして夕方には自分の宮に戻り、のんびりゴロゴロ過ごしている。
白い目を向けられてもおかしくはないが、だからといって、俺に不満を向けられても困りものだ。


「俺が仕事をしていないとか、サガに書類を押し付けているとかじゃないぞ。俺が折半しようと言っても、勝手に一人で抱え込んでしまう。アイツは頑固で、人には任せたくないし、人に譲りもしないんだ。」
「それを、何をしてでも止めるのが、アイオロス様の仕事の一つなのでは?」
「残念ながら、俺達の言う事なんて、まるで聞き耳を持たずでね。という訳で、さぁ、行った、行った。」
「え? ええっ?」


ニコリと微笑んで、アレックスが掲げるドルマデスの大皿に、取っ手の付いた大きな金属蓋――、クロッシュをカポンと被せて、彼女の頭をポンと叩くように撫でた。
俺としては、これ以上、料理が冷めたり、埃が掛かったりするのを防ぐつもりだったのだが、それが何を意味する行動なのか、彼女には分からなかったようだ。
キョトンと戸惑った表情で俺を見上げ、その場に呆然と立ち尽くしている。


「キミはそれを持って、サガのいる執務室に突入する。そして、有無を言わさずペンを取り上げ、その空いた手にフォークを握らせる。後は、そのドルマデスを、しっかり時間を掛けて味わってもらえば良い。どうだい?」
「わ、私に出来ると思います? そんな神をも畏れぬ大胆行動が……。」
「出来る、出来ないじゃない、やらなきゃ駄目だよ。大体、ギリシャ料理といっても、その家庭によって味付けも違う。個人によって好みも違う。だったら、ほぼ同じ味覚を持つヤツに味見してもらうのが一番さ。」


クルリと強制的にアレックスの身体を回れ右させ、その背中を強く押した。
反動で数歩、前へ進んだ彼女が、俺を振り返り見ようとするのを強い口調で制し、半ば無理矢理に部屋から追い遣る。
戸惑い困惑しているだろう事は分かっていたが、だからと言って、背を押す手の力を弱めはしなかった。


そう、アレックスの大切なものが包まれたドルマデスに、俺の余計なアドバイスで、俺の好みに寄った余計な味を加える訳にはいかない。
それを完成させるための『正解』を知っているのはサガだけだ。
そして、完成された彼女のギリシャ料理を真に味わうべき相手は、きっとアレックスならば、ワーカホリックなサガを止められるだろうと見越して、この聖域へと送り込んだに違いない。
いずれにしても、彼女が向かう先はサガのところ。
それ以外に選択肢などない。


アレックス本人は気付いていないだろう、純粋で曇りのない想いが、その胸の中に確固としてある事、それが俺にはヒシヒシと伝わってくる。
その料理に籠められているものは、何色にも染まらない真っ直ぐな想い、息を飲む程に透き通った彼女の心そのものなのだ。



透明色の思いが込めて



‐end‐





珍しくロスお兄さんが「俺が、俺が!」と自己主張が激しくならなかった奇跡の一作w
あの破天荒ロス兄さんでも、こんな事をする時もあるんですなお話でした(苦笑)

2015.09.11

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