それは無色にして万色



久し振りの聖域だった。
三ヶ月、いや、四ヶ月振りか。
前に来た時には初夏の心地良さに包まれていた空気も、今や肌寒さすら感じる。
秋の気配も直ぐそこだ。


忙しさにかまけて、様子見に来る事もなかったが、だからと言って、何の心配もしてない訳ではない。
何と言っても、個々の能力は高いが、大よそ力を合わせるという事を知らぬ奴等ばかりだ。
あの愚兄にしたところで、一人で抱え込んでばかりいる。
協調性に欠ける連中の中で、アレックスが振り回されて右往左往してやしないかと、常に心配事は山とあった。


教皇宮へと向かうまでの間、不思議と誰にも出くわさなかった。
時間が時間だし、皆、任務や修練に出ているのだろう。
まぁ、執務室に入れば、嫌でも愚兄の不機嫌な顔に会える。
気にせず人気のない廊下を突き進んでいったが、勢い良く開けたドアの内側には、その愚兄の姿はなく、ニヤけた笑顔のムカつく男が一人で座っていた。


「やぁ、カノン。随分と疲れた顔をしているな。過労癖までサガに似てきたか?」
「アイオロス……。」
「書類、持ってきたんだろう。ほら、俺に寄越せ、じっくり見ておくから。お前は直ぐに双児宮に戻ったら良い。帰りを心待ちにして待っている人も居る事だしな。」


来たと思ったら、ロクに話をする間もなく追い出された。
アイオロスの顔など長く見ていたくもないので気にはしないが、久々に顔を見せた俺に対して、余りにも無下にし過ぎじゃないのか。
少しだけ腹立たしく思いながら、上ってきたばかりの階段を下り始める。
最初に辿り着いた双魚宮、先程は人の気配もなかったが、今はアフロディーテの他にムウの姿もあった。
珍しい組み合わせだ。


「そんなにダラダラと歩いていないで、早く宮に帰りなさい。お腹も空いた頃でしょう?」
「そうだぞ。キミは海将軍の筆頭だろう。もっと男らしく背を伸ばせ。」


ムウには帰宅を急かされ、アフロディーテには背中を強く叩かれた。
お前達は俺の母親か何かか?
一体、何だというのか?
頭の中は疑問でいっぱいだったが、言われる儘、早足で更に階段を下っていく。
すると、今度は天蠍宮で、見慣れない組み合わせに出迎えられた。


「……俺は諦めんぞ。」
「何の話だ、シュラ?」
「シュラの事は放っておけ。それより、カノン。これ、持っていってよ。やっぱ俺じゃ駄目だと思うんだ。」


ミロに渡されたのは、玩具のようなシェルパールのペンダント。
聞けば、彼女が大切にしていたものが壊れてしまったらしい。
その代わりの品を俺に持っていけと渡しながらも、いつもの勝ち気な表情は何処へやら、ミロは何とも寂しげな顔をしていた。
一方、元より目付きの鋭いシュラは、余計に目を尖らせて俺を睨んでいる。
余り係わり合うとロクな事にならない気がして、俺は先を急いだ。


「お、俺は諦めんぞ!」
「……だから、何の話だ?」


アレックスの面倒を見てくれた礼くらいは言っておこうと、立ち寄った巨蟹宮。
ここでも珍しい組み合わせに出迎えられ、更には、先程と同じ台詞を投げ付けられた。
シュラと良い、アイオリアと良い、何の事だか分からん言葉で、俺を困惑させるのは止めてもらいたいものだ。


「純朴青年になンざ負けるワケがねぇと侮ってたら、痛い目みるぜ? コイツ、半裸で迫ったらしいしな。」
「……は?」
「腐ってもアレの弟だ、油断ならねぇぞ。ま、奪われたくねぇなら、しっかりとアイツの手ぇ握っとけ。」


なる程、そういう事か。
シュラもコイツも、アレックスに惚れたと。
いや、この二人だけではない。
ツラッとしているが、他のヤツ等も心の奥では、彼女を狙っているのかもしれん。


「さっさと行け。アイツ、オマエの帰りを、首を長〜くして待ってンぞ。」
「フン。言われなくても、そうするさ。」


ニヤリと笑うデスマスクと、鼻息荒く俺を睨むアイオリアに向けて軽く手を上げると、巨蟹宮を出る。
直ぐに辿り着いた一つ下の宮、半分は俺の宮とも言える双児宮では、何故か、絶対に俺の出迎えなどしない筈の愚兄が、宮の前に仁王立ちで待ち構えていた。
しかも、法衣を纏わず、私服姿で。


「どうした、サガ? 全裸は卒業か?」
「貴様、戻って早々、地獄を見たいのか……。いや、今は口喧嘩などしている場合ではない。中でアレックスが待っている。早く行ってやれ。」
「お前は?」
「私はデスマスクと昼食の予定でね。あぁ、カノン。ちなみに、私も諦めるつもりはないぞ。」
「……お前もか、サガ。」


溜息と共に頭を抱えている間に、サガの姿は階段の上へ消えていってしまった。
皆が彼女に興味を持つ、そうなる事は予想してはいたが、実際に目の当たりにすると、何とも面倒で億劫で、そして、腹立たしいものだ。
俺は、もう一度、大きな溜息を吐きつつ部屋の中へ向かった。
だが、その憂鬱な気分を一気に吹き飛ばしたのは、軽快に駆け寄ってきたアレックスの眩しい笑顔だった。


「お帰りなさいませ、海龍様。」
「……良い匂いがするな。」
「ギリシャ料理です。丁度ランチの時間ですから、用意してお待ちしていました。」
「お前が?」


見れば、テーブルに並ぶのは、どれもギリシャ料理だ。
だが、ギリシャ人でもないアレックスに、ギリシャの料理が作れるとは思えない。


「デスマスクに教えてもらったんです。あと、サガ様にも何度か味見をお願いしました。」
「サガに味見?」
「その方が、より好みに近くなるだろうと言われまして……。」


つまりは、俺の好み。
俺のために料理を習い、俺のために好みの味付けを覚えた、と。


「嬉しい事をしてくれる。正直、長くこの地を離れていて、郷里の飯が懐かしく感じていたところだ。だが、残念な事に、俺にはお前の心遣いに対して、返せるものが何もない。」
「お返しと言っては何ですが、お食事をしながら、話を聞いてくださいますか? これまでの事、ここでの事、愚痴も全部、纏めて聞いてくださる約束でしたよね?」


あぁ、そんな事も言ったか。
しかし、折角の美味そうなギリシャ料理。
奴等の話題や愚痴と共にでは、美味しさも半減するに決まっている。


「愚痴は後で……、そうだな。ベッドの中で聞いてやる。今は、ゆっくり食わせろ。」
「ベッドって……。添い寝ですか?」
「アホ。何処の大人が添い寝など望むか。そういう事をした後で、寝物語の代わりに聞かせろと言っている。」
「え? えええっ?!」


目を真ん丸にし、絶句するアレックス。
俺は笑いを堪え切れず、ゲラゲラと笑いながら、彼女の髪をグチャグチャに撫で回した。
からかわれたのだと思ったのだろう。
唇を尖らせ、頬を膨らませるアレックスの表情は、とてもチャーミングだ。
そうか、この顔、この心が、皆の興味を惹いたのか。


この聖域で沢山の事を学び、海の底では知らなかった事を吸収し。
十人十色、癖もアクも強過ぎる黄金聖闘士達と交流し。
そして、アレックスは様々な色彩をその身体に刻んでいきながら、だが一方で、その中の、どの色にも染まる事がなかった。
彼女のスキルや経験はステップアップしても、彼女自身は何一つ変わらない。
ずっと俺の傍に寄り添い、支え続けてくれていた、あの真っ直ぐな女のままだ。
沢山の経験を経て、新たな表情を身に着け、より魅力の増したアレックスに、俺の心までもが強く惹かれていく……。


ポケットに手を突っ込む。
預かったペンダントが指に触れる。
アレックスに渡さねばと思ったが、まぁ、良い。
それこそ、ベッドでの寝物語の前にでも、その首に掛けてやろう。
彼女は本気に受け取ってないが、俺は本気も本気。
だが、例え俺がアレックスの肌を赤く染めても、その純粋な透明さは何色にも変わらない。
彼女は彼女、アレックスはアレックス。
だからこそ、ずっと傍に置いておきたいのだ。
俺のものであっても、そうでなくとも……。



何もないのは、染まらない尊さ



‐end‐





ラストは、やっと戻ってきたノンたんに締めていただきました。
ランチの後、ベッドに直行したかどうかは、御想像にお任せいたします^v^
ココまで長々とお付き合い、有り難う御座いました!

2015.09.18



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