紫に憧れる



先の任務のために借りていた資料を手に書庫に向かうと、明るい教皇宮の廊下の前方に、アレックスの小さな背中が見えた。
声を掛けて、共に書庫へと向かう。
アレックスは、前聖戦時に海界が関わったとされる記録を書き写すために、書庫から資料を借りていたらしい。
しかし、その手に抱えられている冊子を見るに、どうやらそれだけではないようだった。


「それは記録書ではないようですね?」
「あ、これは……。」


パッと頬が赤く染まる。
私に見つかってしまったのが恥ずかしかったのか、話し方までもボソボソと籠もったものに変わった。


「伝統的なギリシャ料理? 料理本ですか。」
「私、あまりギリシャ料理は知らなかったから、チャレンジしてみたいなぁと思って。そしたら、書庫番の女官さんが、この料理本を貸してくれたの。」


何故、アレックスがギリシャ料理に興味を持っているのか、それは聞かずとも分かる事。
彼女の尊敬する男のために、作って上げたいと思ったのだろう。
つまり、それは尊敬云々を越えて、既に思慕の念と言えるもの。


「なる程。男の心を掴むには、まず胃袋からと言いますからね。彼は海界に行ってからというもの、あまりギリシャの食事に触れてこなかったのでしょう。きっと喜ぶと思いますよ。」
「ち、違うのよ! 心を掴むとか、そういうものじゃなくて、ただ懐かしい料理でも食べれば、少しは心休まるかなと、それで……。」


一般的に言えば、料理は男心を掴むための武器になる。
相手が好きな料理、相手が好む味付け、相手の望む量を用意し、見た目も鮮やかに盛り付ける。
美味しいお酒と、食事を楽しむ時間を演出して、相手の心を自分へと向かせるのが、手料理の醍醐味。
だが、彼女の念頭には、そんな考えは微塵もないようだった。
彼の心を惹きたい、自分に興味を持って見てもらいたい。
そういう女としての邪な想いなど、そこには全くなくて、ただ純粋に相手を喜ばせたい、そう思っているようだ。


「アフロディーテもアレコレと詮索するのだけど、どうして皆、そんな風に思うの? 私にとってのあの人は、ムウ達にとっての、えっと……。」
「私達にとってのアテナ、ですか?」
「違うわ。貴方達にとってのアテナ様は、私にとってはポセイドン様になるもの。えっと、教皇様ではないし……。」


暫く、ああでもないこうでもないと考え込んだ後、ポンと手を叩いたアレックスは、その整った顔をパッと明るく染めた。
本当に分かり易い子だ、何もかもが曇りなく表情に現れる。
喜怒哀楽を隠さない、とはいえ、彼女の哀しむ顔は見た事がないのだが。


「教皇様ではなくて……、そう、お師匠様! ムウにとっては、教皇様とお師匠はイコールなんだろうけれど。うん、でも、やっぱりお師匠様かな。」
「師匠、ですか? あの男が?」
「師匠のような、兄のような、お父さんのような? これといって何かをする訳でもなく、アドバイスを与えてくれる訳でもなく、でも、ここぞという時には手を差し伸べてくれる、ずっと傍で見守っていてくれる。私が危うい方へと、選択を間違えて進んでしまわないように。」


だから、好きとか嫌いとか、付き合いたいとか、恋人になりたいとか、そういう事ではないのだと、アレックスはキッパリと言い切った。
ただ、今までの恩に報いたいと、これからの海界のために頑張る彼の、少しでも良いから役に立ちたいと。
そう語るアレックスの瞳は、窓から差し込む陽の光を受けて、深く気高い紫色に輝いてみえた。


「それで、コレですか?」
「うん、そう。ムサカにサガナキ、ドルマデス。それに、ザジキ。海龍様、喜んでくれるかしら? これで精力つけて、元気いっぱいになってもらえたなら、私も嬉しいな。あの人の頑張りが、これからの海界を変えていくのよ、きっと。」


直ぐに俗物的な考えに陥りがちな私達に比べて、アレックスは何と純粋に澄んだ心で世界を見ているのだろう。
その真っ直ぐな心で、自分の住む海界と、その海界の為に奔走している男を見つめ、支えようとしている。
俗世界に染まり、自分の好き勝手を貫き、何処までも呼吸の合わない私達黄金聖闘士は、アレックスの気高いまでの心気を見倣わなければならない。
それ程までに、海界の未来を見据える彼女の紫玉の瞳は、凛として美しかった。



菖蒲色の気高い意思



‐end‐





ムウ様に勘繰られるの巻w
この後、きっと、「料理の勉強ならば、デスマスクに頼むと良いですよ。折角、彼の宮に厄介になっているのですから。」と、ムウ様には珍しく(遠回しに)デスさんをお勧めしたりしてたら楽しいですね。

2015.09.03

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