緑に煌めく



突然の雨。
しかも、何の前触れもなく急に降り出した雨は、大粒で激しく、あっという間に髪も身体も重たく濡らしていく。
一般人に比べると遙かに速いスピードを持っている自分でさえ、近くの建物に駆け込んだ時には、全身から雨の雫が滴り落ちる程だった。


「……あ。」
「あら、アイオリア。」


建物の中には先客がいた。
豊かな緑の黒髪を、雨でしんなりと濡らしたアレックス。
だが、首から下、身に着けている服は余り濡れていないところを見ると、この雨が降り出して直ぐに、ココへ駆け込んだのだろう。


「アイオリアも雨宿り?」
「流石に、この降り方ではな。視界が悪過ぎて、十二宮まで戻るのは厳しかった。」
「通り雨かな。少し待っていたら止みそうだし、それまで、ココでゆっくりしましょう。」


石造りの柱に寄り掛かり、アレックスは空を見上げた。
激しい雨の向こうで、勢い良く流れる黒い雲。
これが通り過ぎてくれれば、この雨も止むのだろう。
俺は失礼と一言、許しを得て、着ていた上衣を脱いだ。


「凄いビショ濡れね。」
「仕方ない。ココまで結構、距離があった。」


脱いだ上衣を絞れば、濡れタオルのようにジャバジャバと、含んだ水が流れ出てくる。
それをクスクスと笑いながら眺めていたアレックスは、濡れ鼠の情けない俺の姿を見遣り、更にクスッと息を漏らした。


「まさに雨も滴る良い男ね、アイオリア。」
「ばっ、馬鹿な事を言うな。」
「そうかな? 濡れると色気が増すのが、モテる男性でしょ? アイオリアは格好良いし、素敵だし、良い大人なんだから、それなりのセクシーさだって持っているわ。」
「そっ、そういうのは、お、俺には当てはまらんっ。サガとか、シュラとか、アイオロス兄さんとかなら分かるが……。」


渋い顔をした俺に、アレックスは少しだけ首を傾げて、自身の濡れた髪を掻き上げた。
寧ろ、彼女のその仕草の方が、余程セクシーだ。
ビショ濡れになった汗臭い男よりも、しっとりと髪を濡らした無防備な女の方が、数倍は人の心を擽る、というか、そそるだろう。
などと考えている間に、目の前の濡れ髪に、胸がドキドキとしてきてしまった。


「……アイオリア?」
「い、いや、何でもないっ。」


聞けば、アレックスは近くの闘技場で、聖闘士候補生達の修練の様子を見学した帰り道だったという。
まだ幼い候補生ばかりだったから、この激しい雨に右往左往しているのではないかと、心配そうに雨空を見上げる。
俺は聖域の森で、結界の状態を見回った帰りだったが、途中、その闘技場の横を通った際には、既に誰も居なかった。
その事を告げると、彼女はホッと安心した様子を見せた。


「そう。良かっ……、クシュッ!」
「っ?!」
「やだ、クシャミ出ちゃった。」


ホンの少し頬を赤く染めて、またクスクスと笑うアレックス。
頬と同じだけ赤くなった鼻を啜り、バツ悪そうに、もう一度、髪を掻き上げる。
候補生達が無事だと知って安堵したのか、気が抜けたのだろう。
それにしても随分と可愛らしいクシャミだった。
恥ずかしそうにする姿も、小動物みたいで愛らしい。
見ていると、不思議と悪戯心が起き上がってくると言うか、先程の仕返しではないが、少しだけ困らせてみたい気持ちにもなってくる。


「雨に濡れて、身体が冷えたんじゃないのか、アレックス?」
「そんな事ないわ。こんな暑い日なんだから。」
「暑い? だが、雨はかなり冷たかったな。」
「そ、そうかな……。」


急に態度が変わった俺の様子に、流石に何かを感じ取ったのか。
アレックスはジリジリと後ずさるように、俺から少しずつ距離を取る。
さっきは散々、俺の事をからかってくれたからな。
色気だかセクシーさだか何だか知らんが、あるものは何でも使って、たっぷりとお返ししてやろうじゃないか。


「な、何……?」
「いや、冷えたままじゃ風邪を引くだろう。俺が温めてやる。ほら、来い。」
「ば、馬鹿っ。温めるだなんて、アイオリア、半裸じゃないの。」
「温めるには肌と肌が触れ合わせるのが良いと聞いたが、違うのか?」
「っ?!」


口をパクパクとさせて、返す言葉もなく慌てふためくアレックスの姿は、それはそれで愛らしい。
俺は込み上げてくる笑いを止める事も忘れて、アッハッハッと大きな声を上げながら、彼女の濡れた髪をグシャリと撫でた。


「アイオ……、リア?」
「ハハッ、冗談だ。」
「も、もうっ。アイオリアも冗談なんて言うのね。」


未だ頬を赤く染めて、プウッと膨らませる顔も、また可愛らしい。
互いに笑い合いながら、肩を寄せ合い外を眺める。
徐々に弱まりつつある雨足に、短い息を吐き出し、俺は彼女の肩を抱き寄せ、もう一度、濡れた髪を撫で回した。


この時、俺の気持ちが、悪戯心から別の何かに変わりつつあった事。
それは胸の奥深くに仕舞っておこうと、そう決めた雨の午後だった。



濡れ羽色の濡れ髪を包む腕



‐end‐





照れ屋なリアも、開き直ればセクシーイケメンになるんだよ、という話。
半裸で迫るなんてセクハラじゃないかとか、それは言わない方向でお願いしますw

2015.08.23

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