青に弾む



アレックスがアテネ市街へと買物に行くと聞いて、休みだった私は、自らお供を志願した。
とはいえ、彼女は一人で行けるから大丈夫だと言い張ったのだが、半ば強引について行ったというのが、実際のところだが。
それなりに荷物も多くなるのだから、荷物持ちが増えたと思って気にするなと言い包めたのだ。
アレックスは若干、苦い笑みを浮かべてはいたが、それ以上、私を突き放す事はなかった。


「それも持つよ、アレックス。」
「大丈夫。このくらいなら平気。」
「折角、腕力のある男が傍にいるんだから、遠慮する事はない。ほら、私に任せて。」
「あのね、ディーテ。私、それなりに腕力はあるのよ。私だって海闘士の一員、普通の女の子じゃないんだから。」


アレックスは気持ち頬を膨らませたが、私はサラリと無視して、その手から紙袋を奪った。
ズシリと重い中身を覗き込むと、オリーブオイルやらビネガーやら、重量のある瓶ものが幾つか見える。
あの気分屋の男を丸め込み、奴の宮に転がり込んだ身ゆえ、時折、こうして面倒な買物を引き受けているのだと聞いた。
やはり、彼女に同行して正解だったな。
幾ら闘士とはいえ、こんなにも重い荷物を運ぶなど、女性一人では厳しかっただろう。


「そうやって甘やかすと、付け上がるわよ、私。」
「構わないよ。キミのような可愛い子なら、ね。」
「また、そんな事を言って。」


クスクスと笑いながら、アレックスは少しだけ歩く速度を早めた。
私の半歩先を歩く彼女の横顔は、お世辞でも何でもなく、本当に愛らしい。
凛としたその表情には、決意と希望が溢れている。
ただ戦うためだけにある海闘士ではなく、海の底に住む人達のために、より良い暮らしと未来を築きたいと願い、聖域で学び続けるアレックス。
それは充実した毎日を送っている人の顔だ。


「海、綺麗……。」


不意に立ち止まったアレックスが、真っ直ぐに視線を向けた先には、何処までも青い海が広がっていた。
穏やかに波打つ水面は、太陽の光でキラキラと輝き、周りの家や、緑の木々や、澄んだ空の色と溶け合って、まるで一枚の絵画のようにも見える。


「海の底にいるとね。見上げる海の神秘的な美しさはあっても、こういう調和の美しさは望めないの。」
「そうか。なら、もっと良いところがあるよ。おいで。」
「え……?」


戸惑う彼女の手を引いて向かった場所は、一軒の民家だった。
私の知り合いの家だ。
海に面した丘に建っているその家は、ギリシャの海を余すところなく眺望出来る、素晴らしい立地にあった。
許可を得て、その家の屋根に上がらせてもらえば、より幅広く左右に広がった視界に、終わりなく続く海と、境目を無くした空と、ふわふわ浮かぶ雲と、そして、丘に立ち並ぶ家々の眩しいばかりの白壁と、冴えた青い屋根が、目の奥に鮮やかに映った。


「凄い……。絶景って、まさに、この事だわ。」
「ギリシャの海の美しさは、世界有数だからね。」
「海龍様は、こういう景色を見て育ったのね。羨ましい……。」


何気なく漏れ出た言葉に、ピンとくるものがあった。
いや、以前からずっとそうではないかと思っていたけれど、不躾に聞く事も出来ずに、何となく勝手に思い込んで、胸の奥に仕舞っておいた事。
この際だから、聞いてしまおうか。


「ねぇ、アレックス。キミはアイツの事が好きなのかな?」
「え? あの、アイツって……。」
「言わなくても分かるだろう? アイツはアイツ。キミの一番傍にいて、キミを一番信頼してる男の事さ。どうなの? 好きなの?」
「そ、そんな事は、ない、というか、その……。」


途端にゴニョゴニョと口篭もり、頬まで赤く染めて、まるで初心な少女のよう。
これじゃ、嫌いだと言い張ったとしても、まるで説得力がない。
その反応、その態度が、ハッキリとアレックスの中の真実を表している。


「告白すれば良いのに。」
「ど、どうして、そんな話になるのっ?!」
「だって、アイツはモテるよ。黙っていたって女の子が寄ってくるのに、輪を掛けて口が上手いんだから。放っておいたら、周りは女の子だらけになって、ハーレムだって作れそうだ。」
「それは……。」


どうやら既に心当たりはあるらしい。
きっと海界でも、アイツ狙いの女官などがワラワラと寄ってくるのだろう。
聖域の女官達が、彼の周りを取り囲むのと同じように。


「ま、アイツの目には、他の女の子なんて映ってないみたいだけどね。キミを一番に可愛がっているようだから。」
「だ、だから! 違うわよ、違うの!」
「はいはい。そういう事にしておいてあげるよ。」
「もうっ、ディーテの馬鹿!」


青い屋根の上、真っ赤な顔して、怒っているのか、照れているのか。
そんなアレックスと並んで海を眺める午後のアテネは、穏やかな時間が流れていた。
仲間の黄金達の中にも、可愛いアレックスを狙う奴は多い。
彼女自身も否定する本当の気持ちは、暫く誰にも明かさず、黙っていようと思った。



空色の屋根に乗って内緒話



‐end‐





おディーテ様と恋バナw
彼とは、男女でありながらも、女同士で話をしているような親しみ易さがあると良いです。

2015.08.18

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