誘惑ティータイム



今日はアフロディーテ様に声を掛けられて、双魚宮ご自慢の薔薇園でティータイムを過ごす事になっていた。
聞けば、今日のお茶会に呼ばれたのは私一人。
あの素晴らしい景色と、笑顔の麗しいアフロディーテ様を、僅かな時間とはいえ独り占め出来る。
そんな滅多にないチャンスに、私は張り切って身支度を整え、双魚宮へと出向いた。


「……美味しい。」
「アレックスに、そう言ってもらえて嬉しいよ。ほら、お茶請けのクッキーもあるんだ。一枚どうぞ、お嬢様。」
「あ、有難う御座います。」


ドキドキと胸を高鳴らせたまま、クッキーを摘まむ。
正直、この圧巻の薔薇の園と、余りに近過ぎる距離で見つめるアフロディーテ様の端麗な表情に目が眩んで、クッキーが喉を上手く通ってくれない。
夢か幻かと言っても過言ではない程に、ココは現実離れした世界だ。
しかも、気合を入れて選んだ赤いチェックのワンピースを、「可愛いね、とても良く似合っているよ。」なんて、溜息ものの微笑で告げられた日には、どんなに心を落ち着かせようとしても、気持ちが舞い上がってフワフワしてしまうのは、何をどうしたって止められるものじゃない。


「そうだ、アレックス。新しく調合した薔薇のオイルが幾つかあるんだ。香りを利いて、キミの素直な感想を聞かせて欲しいんだけど。」
「オイル、ですか?」
「そう、オイルの原液さ。」


一度、宮の中に戻った彼が、その手で運んできたのは、幾つかの大きな瓶だった。
瓶は茶色く、中身の液体の色は分からないけれど、どうやらそれが新しいオイルらしい。
慣れた手付きで、開けた瓶の口から細長く切った紙を浸し、それを私の方へと差し出す。


「香りを嗅いでみて。どう?」
「わぁ、良い香り……。」
「全部がココの薔薇で作ったものだけど、少しずつ種類や配合を変えているんだ。アレックスが気に入ったものがあったら、教えて。何だったら、持ち帰ってくれても良いよ。」
「本当に良いのですか?」
「あぁ、勿論。」


双魚宮の中には、特別に設けられた専用のラボがあり、アフロディーテ様は日々、そこで薔薇の研究をしている。
交配や生育、品種改良なども行っているが、彼の専門分野は薔薇毒。
主体は薔薇毒の精製や抽出だけど、こうして日用品に応用の出来る普通の薔薇の香りの研究も行っていたりする。
ここで作られるオイルや香水に石鹸、ローズティーや薔薇のシロップなどは、この聖域の中では、とても人気が高いもの。
しかも、滅多に手に入らない稀少品でもある。
女官達の中には、どんなに高い金額を提示されても、欲しいものは欲しいと言い張る子もいるくらい。


「私は、これが好きです。この白薔薇から作られたオイル。上品で清々しくて、さり気ない華やかさがあって。とても心が落ち着きます。」
「うん、これはキミに似合っている香りだ。私も、アレックスには、これが相応しいと思っていたよ。流石はお嬢様、お目が高い。」


そう言って、目映いばかりの微笑を浮かべた姿に、またクラクラとしてしまう。
キラキラの光と薔薇を背負った美男子など、空想の世界だけのもの、現実世界になんて居やしないと思っていたけれど、実際に居たのだ。
ココに、今、まさに目の前に。
薔薇のオイルを綺麗な硝子の小瓶に移すアフロディーテ様の姿を眺めながら、うっとりと吐息を零す。
と、ぼんやりしていた視界に、他の瓶とは離れたところ、彼の背後に置かれている黒い瓶が映った。
何だろう、疑問に思いながら尋ねる。


「あの……、その瓶は?」
「あぁ、これ? まだ研究途中の青薔薇のオイルなんだ。ちょっと特殊でね。嗅いでみるかい?」


コクリと頷くと、先程と同じように、瓶の中に浸した紙を、私の方へと差し出してくれた。
ふわり、立ち上るのは爽やかな香り。
薔薇の香りもしつつ、でも、草のような、緑の匂いが強く主張している気が……。


「あ、あれ……。何だか、力が……、抜けて……。」
「その青薔薇の毒は、催眠効果があるんだ。しかも、そのオイルは抽出してから、更に濃縮しているから、とても強い眠気を誘発するのさ。」


あぁ、それで意識を保っていられなくなったのか……。
でも、どうしよう……。
このままじゃ、帰れ、ない……。


「安心して、アレックス。今日はココに泊めて上げるから。私の寝室に、ね。」
「……え?」


安心なんて、出来る訳、ない……。
明日、私は、どうなっているのだろう……。



甘い誘惑
綺麗な薔薇には御注意



‐end‐





『甘い誘惑』リメイク版、第8弾はおディーテ様です。
見た目の美しさとは裏腹に、ドSで策士で自己中で、欲しいもののためには手段を選ばない人だったら萌えますw

加筆修正:2015.08.06

→next.(神をも誑かしたあの人)


- 8/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -