誘惑な海底散歩



『俺の住まう世界を、見てみないか?』
そう言われた時は、正直、嬉しいという気持ちよりも、驚きの方が勝っていた。
私は聖闘士ではないにしても、れっきとした聖域内部の人間で、海界の人達から見れば、謂わば『部外者』で『よそ者』で、一歩間違えれば『敵』にもなりうる。
そんな私を、彼が自分の仲間達の目に触れる場所へと連れて行くなんて、きっと永遠にないだろう。
この聖域と、海の底の世界とを行き来して暮らしているカノンにとって、私は『地上の恋人』でしかないと、何処かで割り切っていたからかもしれない。
喜びよりも、驚きの方が大きかったのは。
だから、初めて目にする海界の景色は、一生見る事が叶わないと思い込んでいただけに、胸に押し寄せる感動も、一際大きかった。
自分自身が予想していたよりも、ずっとずっと。


「うわ……。何、これ……。凄い……。」
「そうか?」
「うん……。凄い、不思議で……、綺麗で……。」


言葉など出て来なかった。
マトモな形を持った言葉は、喉の奥の奥に深く押し込まれてしまっている。
世の中には多種多様に表現する言葉が溢れ返っているのに、その一つも出て来ないなんて。
いや、その多くの言葉の中の、どれを持ち出しても、この目の前と、見上げた先に広がる景色に相応しい言葉とは思えないのだ。
ただただ、この圧倒的な光景の中に飲まれてしまい、呆然とするばかり。


「アレックス。口が開きっ放しだ、閉じろ。」
「え? わ、本当だ! で、でもでも! 口ぐらい開くって! だって、こんなに凄いんだよ?!」
「大袈裟だな。」


大袈裟だなんて、とんでもない。
上を見上げれば、本来は空が有るべきところに、透き通る海が広がっているのだ。
頭上でユラユラと揺れ動く海。
不安定なように見えて、決して落ちてくる事のない厚い水の層。
キラキラと神秘的に煌めく色は、海の空を抜けて遥か先にある、あの太陽の光を受けて輝いているからだろうか。
揺れる度に色を変えるプリズムの光に似て、心ときめかせる目映さが、私の目の前に広がっていて。
平凡な日常の中では決して有り得ない、出くわす事もない光景に、見惚れてしまうのも当然だった。


「俺からすれば、こんなもの。珍しくとも何ともないのだがな。アレックスが気に入ったと言うのなら、これからは、ちょくちょく連れてきてやっても良い。」
「え、本当? 本当に良いの?」
「俺が嘘を吐くとでも思っているのか。心外だな。」


海界に足を踏み入れる事すら叶わない望みだと思っていたから、今回の訪問が最初で最後なのだと思い込んでいた。
だからこそ、とても嬉しかった。
それは私が『地上の恋人』であるだけでない、この世界でも『恋人』として振る舞って良いという事。
彼の恋人は、唯一人、私だけだという事。


「……アレックス。」
「何? カノ……、んっ……。」


名を呼ばれて見上げた瞳に浮かぶ熱。
意味有り気な視線に気付いた時には、もう遅かった。
私の肩は彼の強い腕に引き寄せられ、強引な口付けに深く囚われたから。


「ん、ふ……。」


逃れられぬよう、しっかりと顎を捉えられ、息継ぎも儘ならぬ程に一方的で濃厚な口付けを施される。
カノンが満足するまで続けられた口付けは、何度も何度も角度を変え、深さを変えて。
やっと唇が離れた頃、酸欠でグッタリとした私の耳元に、無駄に色っぽい声色で囁きが落ちてきた。


「勿論、タダでとは言わん。ココに泊まりだ。今日も、今後、海界に来る度にもな。」
「そ、それって当然、添い寝で終わるって事は、ない、です、よね?」
「そうだな。泊りではあるが、アレックスが朝まで眠る事はないだろうな。何せ、俺が寝かせんのだから。」
「そ、そうです、か……。」


こんな夢のような景色の中で、そんなにも魅惑的に誘われたら、断るなんて絶対に出来ない。
彼を好きな私なら、尚更に……。



甘い誘惑
夢のような世界の中で



‐end‐





『甘い誘惑』リメイク版、第9弾は海龍ノンたんです。
サガ様が無意識セクシーな人なら、彼は確信犯的セクシーな人だと思いますw
自分の魅力を十分に理解している上で、上手い事、お誘い出来るのがノンたんですよね。

加筆修正:2015.08.15

→next.(兄に悪を囁いたあの人)


- 9/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -