「……アイオロス。」
「ん、何だ?」


返事はすれど、アイオロスはペンを走らせる手を止めない。
一方のシュラは、その手がすっかり止まってしまっていた。
元々が無表情ではあるが、目を僅かに見開き、驚いた顔をしているというか、まるで気味の悪いものでも見ているように引き攣った顔をしている。


「何かあったのか? 顔がニヤけている。」
「っ?!」


アイオロスは慌てて自分の顔を両手で擦ってみたが、時、既に遅し。
鼻歌交じりに報告書を書きながら、頭の中では先程まで腕に抱いていたアシュの柔らかな身体の感触やら、可愛らしい寝顔やらを思い浮かべていたのだ。
自然、表情は緩む。


「貴方は表情に出過ぎるな。そうか、ついにアシュと一線を越えたか……。」
「いやいやいや! 違う、違うって! まだだ! まだしてないから!」
「まだだと?」
「大丈夫だ、安心しろ。お前の妹は乙女のままだ。」


一体、何のフォローなのか。
慌て過ぎて何を言っているのか自分でも分からずに、余計な事を口走っているアイオロスは、次々と墓穴を掘っていると気が付いていない。
一方のシュラは、余裕の表情のまま、慌て捲くるアイオロスを楽しげに眺め見ている。
口元に薄っすらと笑みを浮かべ、アイオロスが慌てれば慌てる程、彼を困らせてやろうという悪戯心が湧いてくる。
それは、普段のシュラからは考えられない心の動き。
それくらい、今のアイオロスの慌てっぷりは、見ていて面白かったのだ。


「何が大丈夫なんだ? 俺は早くアシュを女にしてやってくれと頼んだ筈だが? 乙女のままでは、返って安心など出来ないぞ、アイオロス。」
「そ、それは、その、だな……。」
「折角、誰にも邪魔されない場所、しかも、あんな豪華な部屋を貸して貰ったというのに、まさか貴方がそこまでヘタレだとは思わなかった。」
「いや、シュラ。だから、それは――。」


更に自己弁護の言葉を続けようとして、ふとアイオロスは口を噤む。
今の言葉、どうしてだ?
何故、シュラが知っている?
俺達が、あのゲストルームを借りて仮眠を取っていた事を……。


「そうか、お前だったんだな、シュラ。」
「何の事だ?」
「しらばくれても無駄だぞ。おかしいと思っていたんだ。サガは、そういう事に気が利く男じゃない。お前が頼み込んだんだろう? 機会があったら、上手くゲストルームに誘導してくれと。」


あんな雰囲気の良い豪華な部屋で二人きりになれば、その気にならない方がおかしい。
きっとアシュだって心を許す筈だ。
しかも、相手は長年、想いを寄せ続けてきたアイオロス。
アシュが拒む事など有り得ない。
それがシュラの算段だったのだろう。


「全く、余計な事をしてくれる……。」
「だが、こうでもしないと、貴方はアシュを抱こうとしない。」
「そうだな。だが、吹っ切れた気がするよ。」


もし、彼女がイエスと言ってくれたら。
自分に抱かれる事を嬉しいと思ってくれるのなら……。


「その時は、アシュを俺の嫁さんにしても構わないか、シュラ?」
「そんな事、今更、聞く必要もないだろう。」
「そうか……。ありがとう。」


フッと軽い笑みを浮かべて、アイオロスがシュラの肩をポンと叩く。
何かの糸が切れたようにシュラも小さな笑みを零すと、それ以上の会話は必要もなく。
二人は報告書の続きに戻った。





- 2/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -