愛しい人の手は、闘士らしくブロンズ色に日焼けし、大きくて分厚くてゴツゴツとしていた。
力強く、何があっても離れないようにしっかりと繋いでいるのに、それでも、とても柔らかに優しく包み込んでくれている。
アシュは繋いだその手をジッと見下ろしながら、消え入りそうな程、小さい声で呟くように言った。


「ずっと、好きだったから……。ロスにぃの事が……、ロスにぃの事だけが、好きだったから……。」
「……アシュ?」
「ロスにぃの事だけで、頭が、胸がいっぱいだった。ロスにぃ以外の誰かとお付き合いするなんて、考えた事もなかった。」


今、アシュの言った言葉は、自分が聞いた言葉は、本当なのだろうか?
自分が彼女の事を想い過ぎて、耳が勝手に都合の良いように聞き取っただけじゃないだろうか?


アイオロスは自分の聴覚を疑い、そして、思いも寄らなかった彼女の告白に、身体が固まって動けなくなっていた。
固まったのは身体だけじゃなく、思考もだ。
いつも余裕たっぷりに浮かべている穏やかな笑顔も消え失せ、驚きに目を見開いたまま、アイオロスはアシュの横顔を見下ろし、固まっていた。


「アシュ。本当に、か? 本当に俺だけの事を、ずっと想っていてくれたのか? 他の誰にも、心動かされた事はないのか?」
「……うん。」


俯いたままコクリと頷くアシュの横顔は、真っ赤に染まっている。
いや、赤いのは顔だけじゃない。
艶やかな髪の隙間から見える首筋や、繋いだ手の甲までもポッと赤く染まっていた。
心の奥にずっと閉じ込めていた想いを、口に出して言ってしまった恥ずかしさ。
その羞恥に耐え切れないのか、より深く俯き、耳からサラリと流れ落ちた髪の向こうに表情を隠してしまったアシュ。


それでも、一度、話し出した言葉は留まるところを知らず、アシュは言葉を続けた。
伝えてしまったからには、最後まで全て伝えてしまいたい、胸に溢れる気持ちを。
これまで隠してきた分、全部、伝えてしまいたかった。


「ロスにぃの事だけを想って生きていくって決めていたの。他の誰かの事を、好きになんてならなくて良い。私の心は一生、ロスにぃだけのものだと決めて、死ぬまでロスにぃだけを好きでいようって……。」
「アシュ……。」


そんなにも、彼女は自分の事を好きだったのか。
そんなにも、自分は彼女に想われていたのか。
深い感動がアイオロスの胸に溢れる。
好きで好きで、どうしようもないくらい好きな相手が、自分のいなかった十三年の間、ずっと想い続けていてくれた。
それは大きな喜びとなってアイオロスの全身を満たした。


しかもだ。
今、自分がこうして生きているのは、偉大なる神の力と御加護があったればこそ。
絶対に起こりえない奇跡の元に、生き返るのを許されたからこそ、こうして再びアシュと共に平穏な日常を過ごしていられるのだ。
本来なら、自分は今も変わらず死者として、この世にはいない筈で、まさか自分がこうして生き返ってくる事など、アシュも予想はしていなかっただろう。


だとしたら、彼女は一生会う事の叶わない相手の事を想い続け、生きていくつもりだったという事だ。
その想いに囚われて、他の誰かを愛する事もなく。
他の誰かに愛される事も、愛し合う事も、愛し愛される幸せも、女としての喜びも、共に家庭を築く暖かさも知らずに、死ぬまでの長い年月を、たった一人で生きていくつもりだったのだ。
『アイオロス』という、名すら口にする事を憚られる逆賊に、その清らかな心を捧げ、操を立てて。





- 4/6 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -