「どうして? 俺が嫉妬しちゃいけなかったかな?」
「そうじゃなくて……。ロスにぃが嫉妬するような人は、誰もいなかったから……。」


アシュの顔を覗き込もうと、その大きな上体を屈めたアイオロスの動きがピタリと止まる。
今、「誰もいなかった。」と、そう言ったか?
まさか、いくら照れ屋だといっても、アシュはもう二十歳だぞ。
これまで恋人の一人もいなかったなどと、そんな事はありえないだろう。


これだけの美人で、しかも、本人に自覚はないが、思わず唾を飲んでしまいそうな程にセクシーなスタイルの持ち主で、やや内気とはいえ気立ての良い、働き者の彼女だ。
アシュを狙っている男なら、今でも両手で数え切れないくらいにいる。
シュラが鉄壁のガードを敷いていたとはいえ、アシュ自身が望んだ恋愛までも拒否するような事はなかっただろうし……。


「嘘なんて吐かなくても良いんだよ。例え、アシュに恋人がいたって、それは過去の事だ。それくらいじゃ、俺はへこたれない。」
「嘘じゃないわ。付き合った人なんて、一人もいないのよ。だって――。」


そこまで言い掛けて、ハッとして言葉を止めるアシュ。
勢いで思わず顔を上げ、真横のアイオロスを見上げてしまったが、ジッと自分を見つめるアイオロスの顔が思っていた以上に近くて、途端に戸惑いに心が襲われ、同時にスッと冷静になった。
「嘘を吐いた。」などと言われてしまい、思わず反論しようとした自分の愚かさに唇を噛みたくなる。
言える訳がない、その理由を、彼を目の前にして。


「だって、何?」
「何でも……、ないわ。」
「言い掛けて途中で止めるのはズルいよ、アシュ。ちゃんと最後まで聞かないと、俺は納得しない。」
「ロスにぃ……。」


困惑の色を濃くした瞳で見上げても、アイオロスは許してくれそうになかった。
言い掛けた事を、ちゃんと最後まで言わない事には、彼は譲らない。
幼い頃、彼に良く言い聞かされた。
自分の言葉には、最後までしっかりと責任を持つんだよ、と。
アイオリア程ではないが、アイオロスも結構な頑固者だと、アシュは知っている。
いつもニコニコと笑顔を浮かべているから気付かれる事は稀だが、あの笑顔のままで我を通すのだ、アイオロスという人は。


アシュはアイオロスを見上げていた瞳を伏せ、ゆっくりと俯いた。
同時に、小さな溜息を吐く。
それは諦めの溜息か、それとも決心の一呼吸か、アイオロスには分からなかったが、彼女が何かを切り出すまでは、何も言わず黙って待っていた。


俯いたアシュの目の端に、繋いだ手が映る。
アイオロスの大きな手は熱く、そして、力強くしっかりと守るように、自分の小さな手を包んでいた。
手と手が触れ合う感触は心地良くもあり、でも、何だかこそばゆい。
ホンの少し動きがあって、手の平が擦れ合っただけでも、ビクリと震えが走りそうになる、心と身体、その両方に。





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