たかが一介の女官、元を辿れば、たかが従者の娘でしかない自分だ。
本来は彼に仕える身であって、横に並ぶべき身分ではない。
ましてや、こうして手を繋ぐ事で、アイオロスとの未来を期待してしまう。
そんな勘違いをしてしまう自分の心の動きが、アシュにとっては一番厄介だった。


釣り合わない身分、叶わない夢と想い。
ならば初めから何も期待などしたくない。
ただ穏やかな気持ちでアイオロスと一緒にいたい。
自分は彼の近くに仕える女官で良い、ずっと傍に居られれば、それで……。


アイオロスを好きだと想う気持ちと、それを抑える気持ち。
その二つがアシュの心の中で渦を巻き、激しい葛藤となっている事など、アイオロスは知る由もない。
ただ、この十三年の間に、子供から大人へと成長した彼女が、酷く恥ずかしがり屋になってしまったせいなのだと、彼はそう思っていた。


暗く不穏な時が続いていた聖域の十三年。
アシュは自分が逆賊と言われたアイオロスに何らかの繋がりがある事を、ひた隠しにして生きていかなければならなかった。
そんな中で、アシュは自分の立場と、それがいかに脆いものか、その危うさ知ったのだろう。
お転婆で気が強くて、そして、お日様のように明るかった小さなアシュが、内気で大人しく引っ込み思案な女性になってしまったのも、そのせいなのかもしれない。
だからこそ、こうして平和になった今でも、アシュは自分に自信が持てず、素直にアイオロスと向き合えずにいるのだ。
それは彼女のせいでもなんでもなくて、全ては激動の運命に流された結果だった。


「アシュだって、誰かと付き合った事くらいあるだろう?」
「どうして、いきなり……。」


突然のアイオロスの言葉、思いも掛けない質問。
どうしてそんな事を聞くの? と、その言葉にパッと顔を上げたアシュが、目を見開いてアイオロスを見上げる。
その横顔にホンの少しだけ苦い笑みを浮かべて、アイオロスは繋いだ手とは反対の手の人差し指で、ポリポリと自分の頬を掻いていた。


「アシュだって、もう二十歳なんだし、男と付き合った経験くらいはあるだろ? だから、他の男とのデートの時でも、こんな風に手を繋ぐだけで恥ずかしがっていたのかなって、そんなアシュの姿を想像したら、何だか嫉妬した。」
「……嫉妬?」
「そう嫉妬。俺のいない間に、こんな可愛いアシュを独り占めしてた名も知らぬ相手にね。」
「嫉妬なんてする必要ないのに……。」


そう言ったアシュの声は、まるで小さな独り言のような呟き。
アイオロスはハッとして、それまで浮かべていた穏やかな笑みを引っ込め、傍らのアシュを見た。
彼女は先程よりも深く俯き、繋いだ手に心なしかギュッと力が籠もったようにアイオロスには感じられた。





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