アイオリアが追い付いた頃、二人は既にライブラリの扉の前を過ぎ、アシュリルのいる仮眠室の前まで辿り着いていた。
息を潜め、扉に耳を押し当てて、中の様子を探るアイオロス。
耳を離すと、シュラに向かって大きく頷く。
それに続き、シュラが力任せに扉を叩き始めた。


――ドンドンドンッ!!


「アシュリル! アシュリルっ! ココにいるんだろ?! オイ、返事をしろっ!」


今にも叩き破らん勢いで、扉を叩くシュラ。
だが、黄金聖闘士の力にも耐えられるよう作られた書庫の一角だ。
シュラの力を受けて、しなりはするが、壊れてしまう事はない。


「アシュリル! アシュリルっ!」
「……兄さん?」


扉の向こうから聞こえた微かな声。
シュラは叩く手を止め、耳を澄ます。
もう一度、小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。
それは、どんなに小さくても分かる妹の声。
そして、扉の直ぐ向こう側に、アシュリルのいる気配が感じられた。


「アシュリル、扉から離れていろ! 今直ぐ、そこから出してやる!」


高まるシュラの小宇宙。
手首に左手を添え、高々と上げられた右手。
それは見紛う事なく聖剣の構えだった。
この世に斬れぬものなどない、最強の剣。


「止めろっ! 止めろおぉ! 開けるなあぁぁぁ!!」


アイオリアの絶叫が響き、シュラの聖剣を止めようと走り寄る。
だが、それはアイオロスによって阻まれた。
暴れもがく必死のアイオリアを、羽交い絞めにして取り押さえ、決して放そうとはしない。


そして、シュラの聖剣が振り下ろされようとした、その時――。


「止めてっ! 止めて、開けないでっ!!」


アイオリア以外の絶叫が響き、シュラの動きが止まった。
その声は、目の前の扉の向こう側から聞こえてくる。
扉に縋り付いたアシュリルの、懇願の叫びだった。


「お願い、開けないで! お願い、兄さん! お願い!!」


扉に手を耳を当て、中の様子を窺うシュラ。
必死の叫びは、やがて涙混じりの細い声へと変わった。


「アシュリル、何故だ? どうして……。」
「駄目なの。ココは……、ココは私とアイオリア様だけの場所だから。兄さんといえど、他の人には入って欲しくないの……。」


アシュリルの言葉にシュラは絶句し、アイオロスとアイオリアも言葉を失い、動く事を止め、その場に呆然と立ち尽くす。
辺りを包むのは、息の詰まるような静寂。
誰一人動けず、扉の向こう側ですすり泣くアシュリルの声を聞いていた。


「アイオリア……。お前が開けてやれ。」


アイオロスはアイオリアを押さえ込んでいた腕を解き、その背を押した。
それは極弱い力だったにも係わらず、アイオリアは僅かによろけながら、躊躇いがちに前へと歩を進める。
放心状態のまま扉の前まで辿り着くと、アイオリアはポケットから取り出した鍵を差し込んだ。
どうしてだか手が酷く震えて、上手く鍵を扱えない自分を、心の何処かで嘲笑う。


――ギイィィィ……。


古めかしい音を立てながら、ゆっくりと開く扉。
その向こうに華奢なアシュリルの姿を見止めると、アイオリアの胸がはち切れんばかりに痛んだ。
この瞳に、酷くやつれて弱々しく映る、愛しい彼女の姿。
どれだけの苦しみを、この小さな身体の彼女に強いたのか、思い返せば自分を殴り飛ばしたくなる。
酷いなどという言葉では片付けられない、最低最悪の男だと思った。





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