「アイオリア、顔を上げて、俺の目を見ろ。この目を見て、それでもまだ『知らない』と言い切れるのか?」


肩にアイオロスの手の感触。
その手に入る力の強さには逆らえず、ずっと目を逸らし、冷たい床ばかりを見ていたアイオリアが、恐る恐る顔を上げる。
目の前にあった兄の顔からは、いつもの大らかな笑顔が消え失せ、沸々と湧き上がる怒りに強張っていた。


「一体、どういうつもりだ、アイオリア? アシュリルを閉じ込めて、お前に何のメリットがある? こんな事をしなくとも、お前が一言『好きだ』と言えば、彼女は喜んでお前の恋人になっただろうに。」


――っ?!


何だ、と……。
今、兄は何と言った?
喜んで恋人になる、そう言ったのか?


アイオロスの言葉に、アイオリアは愕然として言葉を失った。
大きく目を見開いた表情は、まるで信じられないといった様子だ。
不審に思ったアイオロスが、真横のシュラを顧みると、彼もまた首を傾げている。
アイオリアが何故、このように驚いているのか、二人には分からない。


「アイオリア。お前、気付いていなかったのか?」
「気付くも何も、アシュリルが、彼女が好きなのは――。」


そうだ。
アシュリルが好きなのは、アシュリルが想っているのは、アイオロス兄さんではなかったのか?
俺が告白したところで、彼女にとっては迷惑以外の何物でもなかったのではないのか?


「……兄さん、だろう?」
「何?」
「彼女が好きなのは、アイオロス兄さんだろう? 俺は、ずっとそうだと思っていたが……。」


アイオリアのその言葉に、カッと頭に血が上ったのはシュラだった。
それまで口を挟む事もなく、黙って聞いていただけのシュラが、いつもの冷静さをかなぐり捨てて、アイオリアの胸倉を掴み上げた。
その視線は突き刺さりそうな程に鋭い。


「本気で言っているのか、お前はっ?! アシュリルは、この五年間、ずっとお前の事だけを見ていた! 初めてお前と会った時から、ずっとお前の事だけを想っていたんだ、アイオリア! お前以外の男など、アイツの瞳に映った事は一度足りとてない!」


血走り見開かれた鋭い瞳が、アイオリアを睨み付ける。
服を掴み上げる手が、ギリギリと握られる音。
そして、息の詰まる静寂が早朝の部屋を包んだ。


「……入るぞ。」


静寂を破ったのは、アイオロスの冷たい声。
おもむろに歩を進めると、書庫へと続く小さな扉のノブに手を掛ける。
慌てて自分を掴み上げるシュラの手を振り解き、兄の身体を扉から引き離そうとするアイオリアだったが、そんな彼を押し退け、シュラもアイオロスの後へと続いた。


「駄目だ! 待て、止めろっ!」


よろけてバランスを失った身体を立て直し、何とか二人に追い縋るアイオリア。
だが、その時にはもう既に開けられていた扉の向こう側で、アイオロスとシュラが階段を上り始めていた。
二人の耳に、アイオリアの制止の声など届いていない。
アイオリアを突き放すかのように無情にも自然と閉じていく扉に手を掛け、彼は二人の後を追った。





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