軽やかな足取りで処女宮を抜けたアシュリルの心にも視界にも、今はもう、獅子宮しか映っていなかった。
太陽は既に大きく傾いている。
後僅かで、あの聖域の森の向こうに全てが隠れてしまうであろう大きな太陽。
その夕陽は、最後の足掻きのように周囲を真っ赤に染め替え、聖域の全てが茜色に包まれていた。


――コンコンッ!


勢い良く叩かれたノックの音が、薄暗い宮内に響き渡る。
その音は数度、石造りの壁や柱に当たって反響しては、徐々に弱まっていった。
だが、最後の微かな音が消えても、まだ誰もプライベートルームから出て来る気配はない。


もう一度、今度は先程よりも強く扉を叩いた。
それでも、やはり誰かが出て来る気配はない。


留守なのだろうか?
悪いと思いながらも、ドアノブに手を掛けるアシュリル。


――ガチャッ!


恐る恐る回してみると、少しの抵抗もなくドアが開いた。
午前中や日中は、従者や人の出入りが多いので、どの宮のプライベートルームも鍵を掛けないところが多い。
だが、夕方から夜にかけて留守にする場合は、流石に皆、鍵を掛ける。
それが開いているという事は、アイオリアは中にいるのだろう。


「お邪魔し、ます……。」


部屋の中に入っても、人の気配がしない。
やはり、アイオリアはいないのだろうか?
鍵の掛け忘れだろうか?


アシュリルは挙動不審に、キョロキョロと部屋の中を見回した。
いつも、パンを届ける時には、誰もいなくても気にせず入っている獅子宮のプライベートルームの中。
午前中であれば全然、気にならないのに、時間帯が変わるだけで、こうも気が引けるものなのかと思う。
そう思えるのは、刻々と夜が近付いている事を知らせる、この夕陽の色に染まっているせいなのかもしれない。


「あの……、誰かいませんか?」


静まり返った部屋に、アシュリルの声だけが響いた。
リビングには、誰もいない。
料理中ならば音が聞こえない事も多いだろうと、キッチンを覗いてみたが、アイオリアも、その従者の姿も見えなかった。


「どうしよう……。このバングル、置き手紙と一緒に、テーブルの上に置いて帰ろうかしら。」


アシュリルは迷っていた。
本当はアイオリアに会いたくて、彼に直接、手渡して返したいと思っていた。
でも、出来るだけ早く返して上げたいと思って、ココまで届けに来たのだから、持って帰って、次の機会を待つという訳にはいかない。
だからといって、アイオリアが戻って来るまで、ココで一人、待っている勇気はなかった。


今日は帰ろう。
迷った末、アシュリルは諦めて、バングルをテーブルの上に置いていく事に決めた。
近くに置いてあったメモ帳に、走り書きで見つけた経緯を簡略に書き、その横にそっとバングルを置く。
そして、ドアを開け、リビングから出ていこうとした、その時だった。





- 2/4 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -