「アイオリア様、もうひとつパンをどうぞ。」


隣に座ったアシュリルが、数種類のパンが入った籠をアイオリアに差し出した。
美味しそうな狐色に焼けたパンは、今日の料理に合うものばかりだ。
アイオリアは「ありがとう。」と笑顔を浮かべ、遠慮せずパンを手に取った。


こうして、再びアシュリルの作った美味しいパンを、その本人の隣で食べる事の出来る幸せ。
アイオリアは千切ったパンを口に運びながら、艶やかに微笑むアシュリルの横顔に見惚れていた。
すっかり大人へと成長し、幼さの抜けたアシュリルは、聖域一と言っても過言ではない程の美しさだ。
その輝かんばかりの美しさに、変わらぬ穏やかな微笑に、アイオリアの想いが日増しに高まるのは当然至極の事であった。


だが、その想いを伝えられずにいるのも相変わらずだった。
戦いの場ともなれば百獣の王たる強さと厳しさ、そして獰猛さすら伺わせるアイオリアではあるが、普段の生活においては、どちらかといえば大人しい性格。
寧ろ、謀反人の弟だというレッテルを貼られていた影響か、常に遠慮がちで、時に臆病にすらなる。
幼い頃の心の傷が、悪い方へ悪い方へと考え過ぎてしまう性格を作り上げていたのだ。


アイオリアは、チラリと真横のアシュリルの方へ視線を向けた。
楽しそうに笑う彼女が、眩しく輝いて見える。
この楽しい時がずっと続けば良いと思いながら、それだけでは足りないと感じている自分。
だが、彼女に好きだと伝えてしまえば、今の関係が崩れるのではないか?
アシュリルは、きっと迷惑に思うに違いない。
そうなれば、この居心地の良い時も、彼女と共に過ごす楽しい時も失われてしまうのだ。
それを手離してまで、アシュリルに告白をする勇気が今はまだ湧かない。


それに、もうひとつ。
アイオリアには心に掛かる事があった。


「シュラ、お邪魔するよ。」
「アイオロス、執務の帰りか?」
「あぁ、自宮に帰ろうと通り掛かったら、ついつい良い香りに誘われてな。お、凄い美味そうだなぁ。」


アシュリルがアイオリアの皿にサラダを取り分けていた、その時。
執務帰りのアイオロスが、ひょっこりと顔を出した。
十三年のブランクなど感じさせない慣れた様子で、皆の話の輪に加わるアイオロス。
ただ、弟であるアイオリアだけが、どことなく困惑した表情をみせたが、それには誰も気付かなかった。


「随分と疲れた顔をしているな。」
「ああ、事務仕事というのは、どうにも向かなくてね。肩が凝ってヒドい。」
「折角だ。一緒に食べていったらどうだ?」
「良いのか?」


極自然な会話の成り行きで、食事を進められたアイオロスは、そこにいた三人の顔を順番に眺め、それから最後にアシュリルの顔を覗き込むように伺った。
そんな兄に向かって艶やかな微笑を返すアシュリルの姿に、アイオリアの心がズキンと痛む。


「勿論です。お腹、空いてらっしゃるでしょう?」
「じゃあ遠慮なく。あぁ、本当に美味そうだな。」


シュラの横の椅子を引いて、席に着いたアイオロスに対し、アシュリルはいそいそと料理を皿に取り分け始めた。
仄かに赤く染まる彼女の頬に、真横のアイオリアは否応なく気が付く。
楽しく会話が弾む食事の席で、ただアイオリアだけは複雑な気持ちを胸の奥に抱えていた。





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