――というか、私は馬鹿か?


何が一旦、風呂に入って、仮眠を取った方が良い、だ。
その方が冷静になれるとか何とか言って、その考えに到達した時点で大いに冷静さを欠いていたお陰で、余計に事態が悪くなった。
そうだ、風呂と仮眠にノンビリ時間を取ってしまったせいで、益々、アイリスが出て行ってから時間が経過してしまったではないか。
より一層、アイリスを迎えに行く機を失ってしまったと、そう言っても良い。


「はぁ……。」


また一つ、溜息。
前にアイオロスに向かって、『私は好きな女が出来たからといって、溜息など吐いたりはしない。』などと大層な口を利いたが、その言葉は全て撤回だ。
先程から、もう何度となく大きな溜息を吐いている自分がいる。
何と言うか、アイリスがいないというだけで、こんなにも何もかもが手に付かなくなるとは思わなかった。


やはり、迎えに行くべきだろうか……。


だが、今更、どの顔を下げて会いに行けるというのだ。
正直、彼女に拒絶されるのが怖いというのもある。
何より、置き手紙の『心配しないで』という文面。
あれは『追って来ないで』の意味ではないのか?


「はあぁぁぁ……。」


もう一度、今度は先程よりも、もっと大きな溜息が零れた。
自分以外には誰も居ない空間に溶けて、切なさばかりが滲み残るような溜息。
無くして初めて気付くと人は言うが、それは真実だった。
この状況へ追い込まれて、やっと理解した自分の愚かさに、もう一つ大きな溜息を吐きそうになり、流石にそれは意志の力でグッと堪えた。
が、そんな風に一人、堪えている自分の姿を想像して馬鹿馬鹿しくもなる。


結局、私はアイリスを迎えに行く事も、すっぱり諦めて放っておく事も出来ずに、悶々として過ごした。
折角、やっとの思いでもぎ取った二ヶ月振りの休日だと言うのに、私はひたすら思考の海に溺れて。
何かを思い立っては、パッと立ち上がってみたり。
立ち上がったは良いが、色々と思い返して、やはり止めておこうと、また座ってみたり。
そんな無駄な事を、半日ばかり繰り返した。


『……サガ、聞こえるか?』
「カノン、か?」


どのくらい経った頃だろうか。
不意に脳内に響いたのは、小宇宙を介して話し掛けてきたカノンの声。
いつの間にか、部屋の中が夕焼けに染まっている事に、この時、初めて気付き、私は少しだけ放心気味に、その声に答えた。


『ふん、心ココにあらずといった声だな。まぁ、それも仕方ないか。アイリスがいないと寂しいのだろう?』
「っ?!……カノンよ。アイリスはそちらで元気にしているのか?」
『そんなに心配ならば、執務など放って、こちらに来れば良いだろう。お前なら、難なく来れると思うが? それとも、本気で仕事が恋人になったか、サガよ?』


わざと嫌味な口調で私を怒らせようとする、いつものカノンと同じような言葉。
普段であれば、売り言葉に買い言葉で言い争いから不毛な兄弟喧嘩へと発展する遣り取りだが、今は私にその気力はなかった。


「……今日は休みだ。」
『ならば直ぐに来い! 風呂に入ってモタモタしてる暇があるなら、全力ダッシュで走って来い! この愚兄が!』


一方的に怒鳴られ、プツリと途切れた小宇宙会話。
私は愚弟の言葉に後押しされるように、漸く重い腰を上げ、海界へ向かう事を決めた。





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