空気がヤケに重い。
アイリスと顔を合わせるのが、そんなにも気が重いのかと、一歩進む度に気分が沈んでいく。
いや、アイリスには会いたい、今直ぐにでも。
だが、今頃になって行動を起こした自分の鈍間(ノロマ)さが許せなく、そんなみっともない自分の顔を彼女に晒すのだと思うと、陰鬱になるのだ。


「……息苦しいな。」
「それは、そうでしょう。地上より、ずっと空気が薄いですから。」
「そうなのか?」


降り立った海界の一角から、海底神殿までの道程を案内してくれている女性。
名を、確かマーメイドのテティスと言ったか。
独り言のつもりでボソリと吐き出した私の声を聞いて、彼女は微笑を浮かべて振り返った。


「空気が薄い上、ココは海の底ですから、身体に多少の圧力が掛かって苦しく感じるんです。慣れない間は、皆、息苦しいようですよ。」


という事は、今の私の息苦しさは自然のものであって、気分からくるものではないという事か?
そう思うと、随分と気が楽になった。
あまりに単純な自分の心の動きに、自分で笑い出したくなる程だ。
こんな私だからこそ、彼女は嫌になって逃げ出したのかもしれない。
でも、まぁ、もうココまで来てしまったのだし、アイリスがどんな顔をしたとしても、開き直っていくしかないのだろう。


「双子座様、あちらです。ほら、皆、集まってますよ。」


辿り着いた海底神殿の前では、何やらパーティーらしきものが開かれていて、私は暫し呆然と、その光景を遠巻きに見ていた。
が、集まった人達の中にアイリスの姿を見つけるや否や、自分でも無意識のうちに、そちらに向かって駆け出していた。


「アイリスっ!」
「あ、サガだ! サガ、わざわざココまで来たんだぁ!」


これは、どういう事だ?
ずっと私に放って置かれた事を怒って、きっとアイリスはロクに私の顔も見ないだろうと覚悟してきたというのに。
蓋を開けてみれば、怒りの気配など何処にもなく、彼女は満面の笑顔で私を迎えてくれた。


「これは、何だ? パーティーでもしていたのか?」
「ふん、忘れたのか、愚兄が。今日は俺の誕生日だ。」
「カノンの誕生日? それを皆で祝っていたのか?」
「そうよ。カノンのお誕生日だから、サガもお誕生日だね。一緒にお祝いしよう!」


唖然と立ち尽くす私の手に、誰かがグラスを握らせた。
並々と注がれていくビール。
泡が溢れてグラスから零れ落ちていけば、周囲からワッと歓声が上がる。


「……怒っていたのではなかったのか?」
「怒る? 誰が? もしかして、私が?」


コクコクと頷く私に、アイリスが見せた苦笑。
そして、告げられる言葉。
仕事に没頭して放って置かれる事に怒るくらいなら、最初からサガとなんて付き合ってない。
そう楽しげに笑いながら、お酒に赤らんだ顔をクシャクシャにして彼女は言った。


「だって、サガが執務を放り出したら、聖域が回らなくなるもの、ねぇ。」
「……アイリス。」


その笑顔に癒されると同時に、居ても立ってもいられなくなる。
あぁ、そうだ、もう一ヶ月以上も彼女を抱いていない。
今日が私の誕生日だというのなら、贈り物の代わりにアイリスを堪能するとしよう。
今は一分一秒も離したくはないから。
溶ける程の愛で、その真っ直ぐな気持ちを確かめさせてくれ。



こんなにも愛していたなんて



「カノン、お前の守護する柱は、どれだ?」
「北大西洋の柱なら、あっちだが……。」
「そうか、ならばお前の部屋もそこにあるな。ちょっとベッドを借りるぞ。」
「って、何を考えてるんだ、貴様?! ココは十二宮と違ってティーンエイジャーが多いんだぞ! まだ夜も更けてないというのに、ガキ共を刺激するな!」


カノンの罵声を聞き流し、私は抱き上げたアイリスを連れて、踵を返して歩き出した。
背後から聞こえる海将軍達の歓声が遠くに聞こえる程に、今の私にはアイリスしか見えていなかった。



‐end‐





サガ様の、勝手に一人で落ち込み、勝手に一人で盛り上がり、勝手に一人で暴走するという、素敵一人芝居でしたw
一ヶ月溜め込んだサガは、カノンのベッドを壊す勢いで、遠慮なく部屋を占拠する事でしょう。
海将軍の少年達に悪影響与え捲くりです。
それで良いのか、聖域の教皇補佐!

何はともあれ、サガもカノンもお誕生日おめでとう御座いました。
一日遅れでスミマセン;

2011.05.31



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