触りたい……。


その髪に両手の指を差し入れ、思う存分、その艶やかさと柔らかさと滑らかさを感じ取りたい。
だが、「髪を触らせて欲しい。」だなんて、そんな事を頼んだならば、アナベルに嫌われてしまうだろう。
きっと酷く嫌な顔をして、もしかしたら、もう俺の宮には来たくはないと言い出すかもしれないな。
それは困る、それだけは。
だから、グッと堪えて、今までは我慢していたのに――。


「あれ? 今日は早いね。」
「シュラ様が外地任務に出てしまわれたので、今日はこちらの夕食だけなんです。」
「そうか、そう言えばシュラは任務だったっけ。なら、今日の晩飯は、手の込んだものを期待出来るかな?」
「アイオロス様のご期待に応えられるような食事が、出来上がれば良いのですけど。ふふふ……。」


俺も、アナベルの横で夕食の準備を手伝う。
楽しい会話と、和やかな雰囲気。
何だか恋人同士の光景みたいだなんて思った刹那、彼女の顔がふと曇って、俺はその横顔をマジマジと凝視した。


「アナベル、どうかした?」
「あ、いえ、その……。私が磨羯宮に勤めるようになってから、シュラ様が宮にいらっしゃらない夜は、今日が初めてなものですから、少々不安で……。」
「大丈夫だよ。ココは十二宮なんだから。迂闊に入ってくるヤツなんていない。」
「は、はぁ……。」


各宮に附属するプライベートルーム、いわゆる居住スペースには、鍵が付いていない。
それは、黄金聖闘士の住む部屋に忍び込んでくるような命知らずなヤツは、この聖域中の何処を探したっていやしないから。
鍵の意味など、ココでは皆無なのだ。
俺達・黄金聖闘士同士も、お互いのプライベートはしっかりと尊重しているし、勝手に入り込んだりする事もまずない。
だからこそ、彼女は心配なんだろう。
シュラのいない夜に、鍵のない宮の部屋で過ごす事が。


「あ、あの……。」
「ん? 何?」
「もし、アイオロス様さえご迷惑でなければ、今晩はこちらに泊めて頂けないでしょうか? 前の女官の子が使っていたお部屋で構いませんので……。」


その申し出に、心臓がドキンと大きく跳ね上がった。
まさかアナベルの方から、こんな風に近付いてくるとは。
いや、彼女にそんな気なんて、これっぽっちもないんだろう。
ただ心配で不安で、一人の宮で夜を越したくはないと、それだけを思っているのだ、きっと。


「心配性だな、アナベルは。女官の部屋とは言わず、客間があるから、そこを使うと良いよ。」
「本当ですか? ありがとうございます。助かります。」


花のようにフワリと笑ったアナベルの表情に眩しさを覚えながら。
俺はドキドキと高鳴る胸の鼓動を彼女に気取られないよう、あえて満面の笑みを浮かべて答えた。
瞳はアナベルの艶めく黒髪に、釘付けになりながら。





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