乱れて今宵は――ギシィッ……。
俺の体重を受け止めて軋みを上げたベッドの、その微かな音が、深夜の暗闇の中で予想外に大きく響き、ドキッと心臓が跳ね上がる。
恐る恐るアナベルの顔を覗き込めば、何も気付かずにスースーと眠り続けていて、ホッと胸を撫で下ろした。
アナベルの身体を跨ぐようにベッドに全身を乗せてしまうと、そっと両手を彼女の顔の両側に着いて体重を預ける。
間近で見下ろすアナベルの、暗闇に浮かび上がる白い頬に掛かる黒髪が、月光に照らされ艶々と輝く様に息を呑み、俺はその絹糸のような髪に向けて、ゆっくりと手を伸ばした。
「んっ……。」
指先が触れた瞬間、僅かに声を出して身動ぎするアナベル。
だが、目を覚ます気配はない。
俺はそのまま彼女の髪を指に絡ませ、その何にも例え難い上質な質感に没頭するため、指に神経を集中させた。
滑らかで艶やかで、それでいてサラリと流れるように指から零れ落ちていく真っ直ぐな黒髪。
何度、この髪を触りたいと思って、手を伸ばし掛けた事だろう。
アナベルの細い腰まで届く滑らかな黒髪は、いつもその小さな背の上で踊るようにユラユラと揺れ動いていた。
その髪の動きだけで、誘われるように心が惹き付けられしまった俺。
これ程までに魅惑的な髪をした後ろ姿を、今まで見た事がなくて。
この手を伸ばして触れてみたいと思っては、何とか心にブレーキを掛ける事を繰り返し、彼女に気付かれぬまま、今日まで何度となく耐え続けてきた。
だが、そんな俺の我慢も、もう限界だった。
一度で良いから、その髪に触れてしまわなければ、俺の気が振れそうな程に、どうしようもなくウズウズとして。
そして、トドメとばかりに告げられた一言。
もう俺を抑えるものは何一つないと思えた。
「……悪いね、いつも俺の分まで。シュラの世話だけでも大変だろうに。」
「良いんです。見た目通りというか、シュラ様はキチッとした方ですので、私の仕事は意外と少ないんですよ。だから、この程度、負担にもなりませんから。気にしないで下さい、アイオロス様。」
アナベルは一つ上の宮、シュラの守護する磨羯宮に勤める専属の女官だった。
実は、数週間前、俺の宮である人馬宮に勤める女官が突然に辞めてしまい困り果てていたところ、夕食の準備と、手の空いている時には宮の細々とした事を手伝いましょうかと、アナベルの方から申し出があった。
彼女にしてみたら大変なのだろうが、俺にとっては天の助け。
新たな女官が決まるまでの間だけでもと、こうして人馬宮に足を運んでもらう事になった。
そして、毎夜、夕食の準備のためにキッチンに立つアナベルの後ろ姿を眺めている内に、すっかり彼女の背に揺れる黒髪の虜になってしまったのだ。
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