「俺が思うに……。」


注がれたワインを一気に飲み干し、アイオロスは再びグラスを赤いワインで満たした。
言葉もなく、ただその仕草を黙って見ていた私に、彼は穏やかな笑みを崩す事もなく告げてくる。


「この傷は、『想いの強さ』の現われだと思うんだ。」
「……想いの強さ?」
「そう。あの時、自分が死んでも女神を守ろうとした俺の想いの強さ。死んでもなお、女神を見守り続けようとした想いの強さ。聖闘士として大切な人を守り通そうとした想いの強さ。それが生き返った俺の身体に『証』として残ったんじゃないかな、と。」


淡々とそう言ったアイオロスは、私ではなく、グラスの中で揺れている赤い液体に視線を向けていた。
まるで自分自身に話し聞かせるかのように。
そして、私の心はさざ波のように揺れ動く。
いつも笑顔を絶やさず明るいアイオロスだが、彼の過去と、失った時間は、何て重いのだろう。
そう、改めて気付かされて。


「でも、その証は、少々残酷じゃない?」
「アナベルも、そう思う?」
「思うわ。だって……。」


その傷は、アイオロスにとっては想いの強さを示す証なのかもしれない。
でも一方で、それは傷を付けた方にとっては、拭いきれない罪の印になる。
シュラはこの傷を見て、どう思うだろう?
どう思ったのだろう?


「生き返って直ぐに、リアとシュラと三人で手合わせした事があったんだ。その時、汗を掻いて無意識にシャツを脱ぎ捨ててしまってさ。シュラは……、あの切れ長の目を思いっきり見開いて、この傷を凝視してた。」
「きっと、胸に剣を突き立てられた気分だったでしょうね。」


それはシュラの罪ではない。
アイオロスを尊敬して止まなかった、律儀で真面目な彼に科せられた、偽りの罪。
だが、それを罪ではなく正当な任務であったと信じ、死んだアイオロスの分も守るべき者のために戦い続けた彼にとって、アイオロスの身体に残る傷は決して消えることのない過ちの刻印でしかないのだ。


「そうだね。だから、それ以来、俺はシュラの前では、この傷を晒さないようにしている。この前の修練の時も、汗だくになったシャツを脱がないのは変だと、ミロに笑われたよ。でも、仕方なかった。」
「その場にシュラが居たから?」
「そう、シュラが居たから。」


何故だか、酷く胸が締め付けられて、苦しくて。
苦しい時を過ごしたのも過ごしているのも、私ではなく、アイオロスとシュラだというのに。
心の中に渦巻いた『何か』が、身体全体に広がって、それを止められなくて。
自分でも気付かぬ内に、涙が頬を伝っていた。





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