傷跡を辿れば



それは半年程前の事だった。
初めてアイオロスの身体に残る傷跡を見た時、私は驚きの声が洩れ出てしまうのを抑える事が出来なかった。
息を呑む、まさに、その言葉の通りに。


「……っ?!」
「ん? どうした、アナベル?」
「あ、あの……。」


偶然だった。
その日、アイオロスに誘われて、二人きり人馬宮で夕食をしていた時、少し酔った彼が、うっかりワインのボトルを倒してしまって。
彼の着ていた真っ白なシャツに飛び散った赤いワインの雫が、みるみる内に大きな斑模様を作った。
慌てたアイオロスが、苦笑いを浮かべながら汚れたシャツを脱ぎ捨てる姿を何気なく眺めていたところ、目に映ったのが、肩から脇腹に掛けて走る大きな傷跡。
それを見て、テーブルの上を拭いていた私の手がピタリと止まった。


しかも、その大きな傷一つだけではない。
見れば、身体中に細かな傷跡が幾つも幾つも、胸から背中から幾重にも走り無数に散っていて。
痛々しく残る赤い傷跡に、私の目は釘付けになっていた。


「それ……。」
「ん、これ? 気になる?」
「だって、それって、もしかして……。」
「うん、そうだよ。あの時の、だ。」


あの時――、十三年前の、あの事件。
アイオロスがアテナ様を助け守り逃れた、あの時に受けた傷。
山羊座のシュラの手によって、刻み付けられた大きな傷跡。


十三年も前の傷が未だに消えず、こんなにも鮮明に残っているだなんて……。
しかも、アイオロスの肉体は、あの後、一度は滅んだ筈。
今の身体は蘇生する際に、新たに再構成された肉体だと聞いている。
だとすれば、このような傷跡が彼の身体に残っているなんて、おかしい。


「この傷、女神も不思議がってたよ。」
「アテナ様も?」
「あぁ、自分の再生の仕方が悪かったのだろうかと、首を傾げておられた。」


手近にあったシャツを羽織り、再び私の向かい側に座ったアイオロス。
目を見張り驚きの表情が消えない私とは対照的に、彼は穏やかな笑みを浮かべている。
落ち着いた手付きで空になってしまったワインボトルを端に寄せると、手にした新たなボトルのコルクを手際良く抜く、極自然な動作で。
静まった部屋には、ワインがグラスに注がれるコポコポコポという単調な音だけが響いていた。





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