お約束の一幕



「遅えぇ……。」


休日のある日。
アリアに付き合って市街まで買い物に出て来たは良いが、思った以上のトロさ加減に、俺の苛立ちはピークに達しようとしていた。


品物に手を伸ばせば、バランスを崩して落としそうになるわ。
道を歩けば、余所見をして恐そうなアンちゃんにブツかるわ。
正直、見てらンねぇんだが、そのせいで返って目が離せねぇ。
あー、買い物ってのは、こンなに疲れるモンだったか?


アリアがトイレに行った隙に、俺は念願の『ゆっくり一服する時間』を手に入れた。
が、一本吸い終わり、二本吸い終わり……。
今、俺が無意識に火を点けようとしてンのは、三本目の煙草。


幾らなんでも遅過ぎンだろ?!
どンだけ長ぇトイレなんだよ?
腹でも下してンのか、オイ?


流石の俺も心配になるっつーか、なぁ?
アホ臭い事ばっかやらかすアイツの事だ。
また、おかしな事にでも巻き込まれてンじゃねぇのかと、三本目の煙草はケースに戻して、慌ててトイレの方向へと走った。


「は、離して下さいっ!」
「そんな冷たい事、言わないでさー。俺達と遊びに行こうぜ?」


うわ、きた!
ベッタベタな展開。
ったく、なンでまた、こんなお約束の状況に巻き込まれてンだよ?
あれだな、アリアの存在自体が、こういうベタなネタの星の下に生まれてンだな。


「止めて下さい! 大声出しますよっ!」
「出しゃイイじゃん。どうせ誰も来ないって。」


正直、頭を抱えたまま見なかった振りでもしてぇトコだが、年頃の(まぁまぁ美人な)女が困ってるってのに、見て見ぬ振りなんざ出来る訳ねぇ。
そンな事すりゃ、蟹座のデスマスクの名が廃るだろ?


つー訳で、俺もベタな展開返しといこうじゃねぇか。


「よぉ、オマエ等。人の女を数人で囲んで、何してやがンだ?」
「きゃっ! な、何?!」
「ぁあ? 何だ、テメェ――、ひぃっ!!」


アリアの背後にいた男を押し退け、いきなり小さな身体を後ろから抱き締める。
と同時に、そこにいたヤロウ共全員、殺気を籠めた極上のニヤリ笑顔付きで睨んでやった。
したっけ、どうだ?
ヤツ等、俺の姿を見ただけで、青い顔して後ずさってやがる。


「あ、あのあの、デスマスク様?!」
「『様』付けは止めろ。変に思われるぜ。」
「は、はぁ……。」


俺達(正確には俺)から距離を取るように、ジリジリと後退していたヤツ等は、ある一定の距離まで離れた後、バラバラと雲が散るように逃げていきやがった。
全く、実力もねぇ上、顔も悪ぃクセに、数にモノ言わせて女を口説こうなんざ、男とは言えねぇんだよ、ったく。


「で、デスマスク……、さん?」
「あ? なンだ、その『さん』ってのは?」
「や、だって、様付けは駄目だって仰ったので……。」
「別に、もうイイ。ヤツ等、行っちまったしな。」


相変わらず頭の回転が鈍いのか、何がナンだか分からんといった様子のアリア。
暫く、俺の腕の中でポカンとしていたが、急にソワソワと落ち着かない素振りで、首だけ俺の方を振り返る。


「あ、あの……。もう離して頂けませんか?」
「あー? どうすっかなぁ?」
「ちょ、ちょっと、デスマスク様っ?!」


居心地悪そうに俺の腕の中でモゾモゾするアリアの様子が面白くて。
ついつい余計にからかいたくなるのは仕方ねぇな。
慌てふためくアリアを後目に、俺は益々、腕の力を強めて抱き竦め、くすぐったくなるようなセリフを耳元にポツリ、吐いてやった。



好きって言うまで放さねえ



「やっ! む、無理ですー、そんなのっ!」
「あっそ? じゃ、ずっとこのままでイイってのか? てか、俺の事、嫌いなワケ?」
「そうじゃないですけど……。って、やっ! デスマスク様、苦しいですってば! 離してー!」



‐end‐





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