主の特権



少し苛々としたまま自宮に帰ると、俺は真っ直ぐキッチンへと向かった。
そこにはクルクルと動き回って、後片付けに奔走する宮付き女官の姿。
仕事熱心なのは感心するが、宮主である俺が帰ってきた気配にも気付かねぇままってのが、気に食わないと言えば気に食わない。


「おい、オマエ。」
「お前ではありません、デスマスク様。私には『アリア』という、ちゃんとした名前があります。」
「あ? どうだって良いだろ、そンなの。」
「どうでも良くありません。親が付けてくれた立派な名前です。そのように言われると親が悲しみます。」


オイオイ、だったら俺はどうなるよ?
親の顔を覚えてねぇどころか、親に名前さえ付けて貰った覚えさえねぇぞ。
いや、名前はあったか?
だが、ンなモン、とっくの昔に捨てちまったし、記憶にもねぇ。
そうだ、今の俺は『デスマスク』以外の何者でもないからな。
親が付けてくれた立派な名前だと?
それがなンだってんだ。


「ったく、面倒臭ぇ女だな。それよか、アリア。オマエ、今日、ミロに色目使ったろ?」
「……は?」


いつもいつもツンとした表情を崩さずに、宮主であるこの俺に一々食って掛かるアリアにしては珍しく、ポカンと口を開けて俺を見ている。
目ぇ真ん丸にしやがって。
意味分かンねぇって顔しやがってよ。
しらばっくれてンのか、コノヤロー!


「おーおー、すっとぼける気か? 無駄だぜ、ンな事してもよ。」
「仰っている意味が、まるで分かりませんけど。何の事ですか、一体?」


あくまでシラ切るつもりか?
澄ました顔して悪ぃ女だぜ。


「テメェ、俺の口から言わせる気か? ミロがな、『アリアが俺の事、思わせ振りな視線で見つめてたんだ。あれは絶対、俺に気があるって!』とか何とか、嬉しそうにほざいてやがったぜ。」
「はぁ……。」
「なンだぁ? その気の抜けた返事は? バカにしてンのか?」
「め、滅相もない!」


慌ててブンブンと首を振るアリアは、知らぬ振りを通してるというより、やはり何も心当たりがないといった感じで。
まぁ、毎日毎日、休みなく働いてばっかのコイツが、そんな悪女なわきゃねぇか。


「ホントに覚えがねぇのか?」
「ありません、勿論。」
「そうか。なら、アレだ。テメェが紛らわしい視線をミロに送ったのがいけなかったってワケだな。」
「それは不可抗力です。私のせいじゃないですけど?」


納得いかないと言わんばかりに、ツンと唇を尖らすアリア。
そんな顔を見ていて、ふと脳裏に浮んだのは、最高の謝罪方法。
あぁ、これは良いな、最高だ。
アリアには、キッチリ謝って貰わんと気が済まねぇからな。


「よし、アリア。オマエ、今から俺にキスしろや。」
「はあぁぁぁ?! デスマスク様、何を言い出すのです? そんないきなり……。」
「オマエは巨蟹宮の宮付き女官のクセに、他の黄金聖闘士に誤解を招くような視線を送った。だから、俺に謝らなきゃいけねぇんだよ。」
「それが、何で……。」


キスに繋がるのか?
そう言いた気に、大きく見開いた目で俺を見据えるアリア。
全く、バカか?
ただ謝るだけじゃ足りねぇっつってんの。
だからだよ。



キス一回で許してやる



「出来ねぇってンなら、そうだな……。謝るまでベッドに拘束ってのも良いかもな。俺としては断然、ソッチの方がソソられるしよ。」


ニヤリと笑って熱っぽい視線を送れば、慌てて俺の腕を掴むアリア。
その小さな顔を真っ赤に染めて。


「し、しますっ! しますから、せめて……。」


そうだな、目ぇくらい瞑ってやるか。
ほら、あと三秒以内だぜ。



‐end‐





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