月空散歩



寝る前に一服。
いつもの事ながら当たり前に煙草を咥えたところで、ふと窓の外に目がいった。
真っ黒な空に、煌々と照る月。
たまには満月でも眺めながらってのも悪かねぇ。
とりあえず手近にあったシャツを羽織ると、宮の外へと向かった。


自宮の真ん前、十二宮の階段に腰掛けて煙草に火を点ける。
今日の空は異様に暗かった。
あの巨大な満月が明る過ぎるせいか、星は一つも見えない。
時折、緩やかに吹き付ける生温い初夏の風が、風呂上りで火照る肌に心地良い。


「……あ。」
「よう、アリアじゃねぇか。何、してンだぁ? こンな夜中に。」


咥え煙草のまま伸びをして、上半身を階段に倒したところで、偶然、通り掛ったアリアと目が合った。
巨蟹宮を抜けて、上から下りて来たンだろう。
変なモノでも見るかのように、階段に背中を預けた俺を、上から覗き込んでいる。


「デスマスク様こそ、何してるんですか? こんなところで。」
「見りゃ分かンだろ。風呂上りの一服中。」
「部屋の中で吸えば良いじゃないですか。何でまた、こんなトコロで……。」


見下ろすアリアの表情は、思いっ切り呆れ顔。
だが、ストンと俺の横へ腰掛けると、手を伸ばして肌蹴ていた俺のシャツの前をキッチリと合わせ、ボタンを手際良く留め出した。


「全く……。いくら暖かくなってきてるからって、そんな格好じゃ湯冷めしちゃいますよ。」
「しねぇよ、んなモン。」
「そういう人が一番、危ないんですって。油断大敵です。」


なんだか母親みてぇだと思いながら、制止するのも面倒で、されるがままに。
俺は自分の腕を枕に、夜の海にポッカリと浮ぶ月を眺めていた。
フーッと思いっきり吐き出した紫煙の幕が、一瞬だけクリアな視界をぼやかし、だが直ぐに、それは元に戻る。


「で、オマエは何してたンだって?」
「私ですか? 散歩ですよ。今夜は月が綺麗ですから。」
「オマエな……。いくら十二宮ったって、物好きな雑兵にでも襲われたらどうすンだよ? こんな夜中にフラフラして。」


僅かな沈黙の後、ゆっくりとコチラへ顔を向けて、目を細めて俺の顔を伺うアリア。
何か言いた気なジトッとした、その目付き。
思わず吹きそうになって堪える俺。


「デスマスク様、一つ引っ掛かるのですが。『物好き』って言い方、何か悪意を感じる気が……。」
「当ったり前だろ? オマエに手を出そうなンて思うヤツは、よっぽどの物好き以外ありえねぇって。」
「ヒドっ! 本気でヒドい!」


アリアは頬を膨らませ、プイッと顔を逸らしてしまったが、そこから動こうとはしなかった。
黙って俺の横に座ったまま、何を考えているのか?
いや、何も考えずに月を眺めているのか。


階段に寝そべったまま空を見ていれば、否応なく視界に入るアリアの後ろ姿。
小さな背中に揺れる髪が、月に照らされて輝く。
月光の輪が降りた黒髪に魅入られ、俺は刹那、このままコイツを帰してしまいたくないと、そう感じた。


「オイ、アリア。今日は俺の宮に泊まってけ。」
「はぁ?! いきなり何を言い出――、っ?!」


スッと伸ばした手で、アリアの細い手首を強く掴む。
途端に途切れる言葉、驚きの表情。
困惑の瞳で見下ろしてくるアリアに向かって、俺はニヤリと笑ってみせた。



たった今、俺が決めた



だから、今夜は傍にいろ、俺の傍に。
オマエに拒否権はねぇ、俺に従うだけだ。
そうだろ?


「おらおら、散歩はこれで終いだ。行くぞっ。」
「え?! ヤですよー。一人で勝手に帰って下さ――。」
「よっこらせ、と。」
「きゃー! 何、担ぎ上げてるんですか?! 降ろして、横暴ー!!」



‐end‐





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