「ミャッ。」
「あ、コラッ、シュラ様!」


暢気に大欠伸などしているから、油断して腕の力を緩めてしまったのが悪かった。
その隙に、私の腕から抜け出したシュラ様が、ヒョイと床へ飛び降りてしまったのだ。
慌てて捕まえようとしても、既に彼はテーブルをグルリと回り、サガ様の膝の上へと飛び乗ってしまっている。
こうなっては、もうどうする事も出来ない。


「す、すみません、サガ様っ!」
「いや、良いんだ。気にするな、アンヌ。」
「気にするなっつーか、嬉しくて仕方ねぇって顔してンぞ、サガ。」


デスマスク様の呆れ声に、顔を上げて見れば、昨日にも増して目尻が下がり捲っているサガ様の表情。
孫を愛でるお祖父ちゃんの域だと言ったデスマスク様の言葉も、あながち間違いじゃないデレデレっぷり。
さ、サガ様、良いのですか、それで?!
黄金聖闘士であり教皇補佐である方に必要な冷静さとか、威厳とか、貫禄とか、そうものは失っちゃ駄目なんじゃないのですか?!
アイオロス様が『アレ』なだけに!


「ミャン。」
「ん、どうした、シュラ?」
「ミ、ミャミャ。」


暫くは大人しくサガ様に背中を撫でられていたけれど、やはり根っからの気紛れ具合を発揮して、揺れるサガ様の長い髪にじゃれ始めるシュラ様。
昨日に引き続いての、その愛らしい行動に、抑えが効かなくなったサガ様は、みるみる内に破顔して、されるがままになっている。
こ、このお顔は、絶対に外には出せないわ。
寧ろ、門外不出です。
このようなサガ様のデレ顔を皆に知られては、聖域のパワーバランスが崩れかねないですもの。
聖闘士ヒエラルキー崩壊の予感がヒシヒシと……。


「アンヌ、カメラかビデオ持って来い。撮るぞ、あの顔。」
「え、駄目ですよ。あのようなサガ様を撮って、何をする気ですか、デスマスク様?」
「決まってンだろ。あの顔を撮っときゃ、何かあった時の取引の材料になるからな。」
「と、取引って……。」
「あ? 色々だ、色々。」


取り敢えず、デスマスク様にカメラの類を渡してしまえば、良からぬ事に利用するという事だけはハッキリと分かった。
なので、断固として拒否をした。
それで後々、私にとばっちりが降り懸かってくるのはゴメンですもの。
私はもう巨蟹宮の女官ではないのだから、彼の尻拭いなど遠慮します。


「ズルいぞ、サガ。お前ばかり。俺にも触らせろ。」
「あ、コラ、アイオロス?!」
「ミミャー!」


一人、シュラ様相手にデレデレなサガ様の様子に腹を立てたのか、中々、自分に寄って来ない猫ちゃん達に痺れを切らしたのか。
サガ様の髪の毛に夢中でじゃれ付いていたシュラ様を、アイオロス様が横から掻っ浚ってしまった。
それに驚いたのはサガ様だけではない、シュラ様も然り。
それ以上に、折角の楽しい遊びを邪魔されたシュラ様の小さな顔には、キリキリと怒りが浮かび上がっている。
その結果……。


――ガリッ!


「痛っ! か、噛まれたっ!」
「シャー!」
「それみろ、乱暴に扱うからだ。さ、シュラ、戻っておいで。」
「ミャーン。」


無理に身体を抱き上げたアイオロス様の指に、思い切り噛み付いたシュラ様は、痛がるアイオロス様を後目に、悠々とサガ様の膝の上へと戻っていく。
未練と恨みの視線で、そんなシュラ様の背中を見つめるアイオロス様。
こ、これが本当に『聖域の英雄』の、お姿なのでしょうか。
激しく疑いが湧き上がってきます……。


「ちっ、惜しいな。今の場面こそ、キッチリ録画しとくべきだったのに……。」
「デスマスク様、いい加減にしてください。」


多分、アイオロス様に対して、細かい恨み辛みが溜まっているのであろう。
デスマスク様の盛大な舌打ちが横から聞こえて、私は額を押さえて溜息を吐くばかりだった。





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