窓の外からピョコッと首だけ出したシュラ様は、キョロキョロと顔を左右に振って、部屋の中の様子を窺っている。
それから、直ぐにヒョイと身軽に部屋の中へ入ってくると、「ミャーン。」と小さく鳴いた。
ただいま、とでも言っているのだろうか。


「あ、待ってください、シュラ様。そのままカーペットやソファーに乗ったら、汚れてしまいますから。」
「ミャッ?」


私は慌ててキッチンへ行くと、いつもの三点セットの一つ、濡れ布巾を手にして、シュラ様へと駆け寄った。
普段なら、トレーニング後の汗だくなシュラ様が、ノシノシと部屋を歩いた後の、床に滴り落ちている汗を拭き取るために使っている布巾。
それを今朝は、泥に汚れた猫ちゃんの足を拭くために使う事になろうとは。
いずれにしても、シュラ様である事には変わりないのだけれど。


「はい、右手を上げてください、シュラ様。泥を拭き取りま――、ギャッ!!」
「……なした、アンヌ? 凄ぇ悲鳴、上げて。」
「こ、これ……、これって……」


シュラ様の前足を手に取ろうとした矢先、目に映った彼の顔。
相変わらず、とぼけた表情をして見上げてくる、その両頬からシュッと伸びている幾本もの長い髭の中に、何やら髭じゃない雰囲気のものが混じっている。
目を凝らしてみれば、髭よりも太く、への字型に曲がり、緑色をした全体の所々に茶色っぽい斑点が……。


「おー、こりゃ、バッタの足じゃねぇか。」
「や、ややや、やっぱり虫なのですかっ?!」
「どう見たってバッタだろ。つか、足しかねぇトコ見るに、本体は食ったンじゃねぇのか?」
「っっ??!!」


た、食べたですって?!
昆虫を食べた?!
そんな、昆虫を食べただなんて、まさか、シュラ様がそのような事を……。
う、嘘ですよね?!
食べたなんて言わないでくださいよ、シュラ様っ!!


私が願うようにシュラ様の小さな顔を見つめていると、暫く彼はとぼけた顔のまま小首を傾げ。
それから、デスマスク様と私の顔を交互に見遣り、最後に「ミャン!」と、肯定するように一鳴きした。
まるで誇らしげな様子で、胸を張って。


「た、食べたのですか、シュラ様っ?! こ、昆虫をっ?!」
「ミャーン。」
「おー、そうかそうか。偉いぞ、良くやった。」
「な、何を褒めているのですか、デスマスク様っ?! 昆虫を食べたのですよ!」
「煩ぇな、アンヌ。猫がバッタ捕まえて食ったってンだから、褒めてやって当然だろ。ま、やっぱ俺の作った猫メシじゃ、栄養が足りてなかったってこったな。ヨシヨシ。」


呆然と見遣る視界の中、デスマスク様は良くやったと、その小さな頭をワシャワシャと撫で、シュラ様は目を細めて嬉しそうに受けている。
いやいやいや!
間違いでしょ、それは!
だって、猫とはいえ、シュラ様はシュラ様。
昆虫を食べるなんて駄目でしょう!


「ミャン。」
「キャッ! よ、寄らないでください!」
「ミャッ?」


褒められて嬉しかったのか、上機嫌な様子で、シュラ様がこちらへと近付いてくる。
が、私は反射的に飛び退き、シュラ様から大きく距離を取った。
だって、シュラ様の口。
横からまだバッタの足が……、足がニョキッと出ているのですもの!


「オイ、口の端にバッタの足が残ってンぞ。」
「ミャッ?」


デスマスク様に指摘され、シュラ様は小さく首を傾げて、ピタリと立ち止まった。
それから、長い舌をベローンと伸ばし、口の周りを一舐め。
すると、髭に引っ掛かっていたバッタの足が舌に舐め取られ、一緒に口の中へと消えていった。


「っ?!」
「ミャン!」
「ギャッ! こ、来ないでください!」
「ミャッ?」


何故、避けられているのか理由が分からず、不思議そうな顔をして、それでもジリジリと距離を詰めてくるシュラ様。
そんな彼から逃げ出して、私はダイニングへと飛び込むと、慌てて扉を閉めた。





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