――コンコンッ。


「失礼します。あの……。」


カミュ様が出立して暫くの後。
遠慮がちに響いたノックの音に続いて、開いた扉から顔を出したのは、年若い女官の子だった。
私も教皇宮に勤めていた短い期間に、何度か見掛けた事のある子だ。
その子がサガ様の膝の上にいる猫ちゃんを見つけた途端に、パッと顔を輝かせて、執務室の中へと入ってくる。
次いで、同じくらいの年齢の女官の子が三人、ぞろぞろと部屋の中へと雪崩込んできた。


「どうしたんだ、お前達?」
「いえ、その……。先程、デスマスク様が可愛らしい猫ちゃんを連れて歩いてらしたのをお見掛けして……。」
「あぁ、この猫の事か。」
「ミャッ。」


サガ様がポンポンとシュラ様の頭を叩くように撫でると、目を輝かせた女官達がグルリとサガ様を囲んでしまった。
お目当ては、その膝に乗った黒猫姿のシュラ様だ。
勿論、彼女達はその猫ちゃんがシュラ様だとは、夢にも思っていないのでしょうけれど。


「や〜ん、可愛い〜。」
「艶々してて触ってみた〜い。あの、サガ様。私達も猫ちゃんを撫でて良いですか?」
「あ、あぁ。構わないが。」


黄色い声を上げる女官達に、大層、退き気味のサガ様。
分かります、私も彼女達のこういうノリについていけなくて、教皇宮でのお勤めが苦手だったのですもの。


一人の女官の子が、シュラ様の頭に向かって手を伸ばす。
彼女達は全く気が付いていないようだけど、それをジッと見上げているシュラ様は、目が凄くキツくなっている。
大丈夫かしら?
私から見ると、いつでも飛び掛かれるように身構えている様にも見えるのだけど……。


「キシャー!」
「キャッ?!」


予想通りというか、その子の手が頭に触れる直前で、シュラ様は歯を剥き出しにして、威嚇の声を上げた。
切れ長の目は吊り上がり、短い毛は逆立ち、太くなった尻尾をピンと立てて、サガ様の膝の上で爪を立てている。
さ、サガ様、痛くないのでしょうか?


「やん、怖〜い。この猫ちゃん、怒ってる?」
「人見知りなのかな?」
「シャー!」


女官の子達がビクリと硬直して竦んでいる間に、ヒョイとサガ様の膝から飛び降りたシュラ様。
一目散に向かい側に居た私の方へ駆けて来ると、そのままジャンプして飛び付いてきたではないか。


「ミャン!」
「わっ!」


慌ててキャッチすると、先程の威嚇が嘘のように、ゴロゴロと喉を鳴らして、そのまま胸に頭を擦り付けてくるシュラ様。
い、いくら猫の姿とはいえ、こんな大勢の人前で、何というハレンチな事をしちゃっているんですか、この人は!


「ミャ、ミャ。」
「や、止めてください! シュ――、むがっ!」
「はい、アンヌ。そこまでだ。」
「むぐむぐ!」


言葉の最後はデスマスク様に口を塞がれ、フガフガという変な音に変わった。
あ、そうか。
何も知らない女官の子達の前で、この猫ちゃんを『シュラ様』と呼ぶ訳にはいかなかったのだわ。
黄金聖闘士ともあろう者が、このような姿に変化してしまったなんて、聖域の皆に知れ渡ってしまったら大変な事になるものね。


「ミャ、ミャミャン。」
「こら。調子に乗らないでください。えっと……、シーちゃん。」
「ンだよ、その名前は?」
「いえ、だって……。」


このまま名無しという訳にもいかないし。
でも、シュラ様と呼んでしまうのもいけないし。
だったら、何か呼び名がないと不便だもの。


「シーちゃんかぁ。可愛い名だな。じゃ、お前は今からリアちゃんだ!」
「ミィ?」


アイオロス様、それじゃ全く変わりありませんけど、良いのですか、それで?
抱き上げた金茶の猫ちゃんに、(アイオリア様の方は若干、嫌がっているようにも見えるけれど)嬉しそうに頬擦りするアイオロス様。
威嚇するシュラ様に見切りを付けた女官の子達は、今度はアイオロス様に抱かれた猫ちゃんの方へと、ワラワラと群がっていった。





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