全身を温かな心地良さに包まれながら、私は目を閉じた。
目を閉じていても、明るさは感じられる。
瞼の裏に広がるキラキラした不思議な模様と、降り注ぐ光の温かさに酔いしれて、私はプールの水面を漂っていた。


「……おい、アンヌ。」
「えっ?! わ、わぁっ!!」


明るかった世界に、突然、影が差し、何事かと目を見開く私。
すると、視界いっぱいに映ったのは、シュラ様の無表情な顔。
その近過ぎる距離に吃驚した私は、慌てて身を起こそうとした。


……が、ココはプールの中。
しかも、水面に背を預けて浮かんだ状態。
当たり前に、その場に起き上がれる筈もなく、私は何が何やら分からないまま、ブクブクと水の中へ沈んでいく。


焦って周囲の水を掻き分けてもがきながら、不意に水中の美しさに目を奪われた。
音のない静かな世界。
水中の揺れる視界に、ガラス天井から降り注ぐ光が、幾筋かに分かれて差し込んでいる。
もがく事を止め、ゆっくりとした沈下に身を任せたまま見上げれば、波打つ水面は光を反射してキラキラと輝いていた。


別世界にでも落ちたような気分になって、暫くそのまま水面を見上げていた。
それは、まるで夢から覚めた微睡(マドロ)みの中で見る、朝の光のよう。
心地良い倦怠感に包まれて、愛するシュラ様の腕の中、優しい夢を見ているような柔らかな感覚。
水面に降り注ぐ沢山の光と、温かなプールの水が、そう感じさせているんだわ、きっと。


そうして暫く、私が浮かんでこなかったからだろう。
見上げる視界の端で、水面が大きく揺れ、次いでシュラ様が潜ってきた。
水中だから聞こえないのか、音もなく近付いてくるシュラ様。
スローモーションのように徐々に近付いてくる彼の姿。


水中の美しい光景から、今度は泳ぐ彼の姿に目を奪われた。
水の中でゆらゆらと揺れる黒髪と、力強く水を掻き分け潜ってくる身体、そして、その筋肉のひとつひとつの動き。
その全てに、ただただ見惚れてしまう。


このキラキラとした水中世界で、彼と私、二人きり。
今、シュラ様は私だけを見て、私だけに向かって泳いでくる。
それが何故だか、たまらなく嬉しかった。
彼が求めている人は、今、この場所に私一人しかいないという事が。
私だけがシュラ様の目に映り、私だけが彼の手によって引き寄せられる。
その幸せな事実が、とてもとても嬉しいと思った。


――ザバーン!!


シュラ様の腕に抱かれて水面に顔を出した瞬間、世界に音が戻る。
大きな飛沫を上げて揺れる水の音。
それがプールの壁に反響して鳴るこだま。
何処からか零れ落ちるポタポタいう水の音。
窓の外でさえずる鳥の声や、サーッと吹き抜ける風の音さえも、ハッキリと聞こえてくる。


何もかもがクリアになった世界で、シュラ様と向かい合い、身体を寄せ合って。
触れ合う肌の温かさも、その肌を伝う水の感触も、鋭くなった五感で、無意識に彼の全てを感じ取ってしまう今、この時。
私は沢山の雫を滴らせたままに、ジッとコチラを見つめるシュラ様から、目を離せずにいた。





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