「俺は、もう一泳ぎしてくる。アンヌもボヤボヤしてないで、早く入れ。」
「あ、はい……。」


クルリ、背を向けたシュラ様の後ろ姿が、心なしか寂しげだった。
でも、同情は絶対にしない。
だって、こんな場所で、あんな事そんな事を致そうだなんて、そんな不埒な事を考える方が悪いのよ。


「準備体操を忘れるな。それと、入る前にシャワーを浴びるのだぞ。」
「はい、分かりました。」


私が頷くと、シュラ様は直ぐに踵を返して、プールへと向かう。
そのまま、美しいフォームで水に飛び込むと、先程と同じように力強く泳ぎ出した。
一度、高まった欲求を、泳ぐ事で晴らそうとしているみたいに、がむしゃらに泳いでいる。
その姿が、何だか思春期の少年のようで、ちょっとだけ可愛いと思ってしまう私。


クスリと小さく笑った後、私も泳ぐ準備を始めた。
普段の運動不足を考えれば、準備体操は入念過ぎるくらいに入念にしておいた方が良い。
シュラ様がいるから安心とはいえ、泳いでいる最中に足でも攣ったら大変だ。
私は、ひたすら泳ぎ続けるシュラ様の姿を目の端に絶えず捉えながら体操をし、シャワーを浴びて、プールへと向かった。


ガラス天井から降り注ぐ暖かな日差し。
それによって輝く水面に描かれる、幻想的な光のアートが、プールサイドから下ろした私の足によって破られていく。
水面の光の輪が歪んで途切れていく様子を、心の片隅で楽しみながら、私はゆっくりと全身をプールへと沈ませていった。


「温かい……。」


そう言えば、さっきプールまで案内してくれた使用人さんが、この湖の周辺には幾つもの温泉が湧いていると言っていたから、このプールにも温泉水が使われているのかもしれない。
程良く温かい温水プールは、緊張のせいで凝り固まっていた身体には心地良く、私は自分のペースでのんびりと泳ぎだした。
二つ程、離れたコースには、相変わらず黙々と泳ぎ続けているシュラ様の姿が見える。


何だか、良いな。
こういう、ゆったりとした時間。
身体を包む水は、心地良くて。
プールに降り注ぐ光は、柔らかくて。
静かな空間に、水を弾き掻き分ける音だけが響いている。


そして、何より、一人ではない。
傍にいる訳じゃない、寄り添っている訳でもないけど。
二人、それぞれ別々に泳いでいても、同じ場所で、同じ時間の中、過ごしているという安心感。
近くにシュラ様の気配がある、それが感じられるだけで、私の全身が幸福感に包まれる不思議。


私は水中から顔を出し、泳ぎ続けるシュラ様の姿を、もう一度、眺める。
息継ぎの度に、水面から上がるシュラ様の真剣な表情と眼差しに、再び心を弾ませて。
私は甘い溜息を小さく吐いた後、水面に背を預けてプカリと浮かんだ。
見上げる天井のガラスに、光が乱反射している様子が、まるで万華鏡を覗き見ているみたいで、とても綺麗だと思った。





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