給湯室でお皿とカップなど軽い洗い物を済ませて戻ると、黄金聖闘士の皆様は午後の執務に取り掛かっていた。
少しだけ手伝いをすると言って、アフロディーテ様もデスクに向かっている。
サガ様は膝の上にアイオリア様を乗せたままで、時折、手を止めては頭や背中を撫でて癒されているようだ。
やはり執務室で猫ちゃんを飼うというのは、サガ様の精神衛生的には非常に良い選択なのかもしれない。


「ミャッ。」
「シュラ様は……、暇なのですか?」
「ミャッ。」
「普通、堂々と肯定しますか、それを。」


流石、神経の図太いシュラ様です。
暇なら暇とハッキリ言ってしまえる厚かましさが羨ましいくらい。
人間の時もそれなりにマイペースではあるけれど、猫ちゃんになった今は、よりマイペースというか、自己中街道まっしぐらですね。


「ミミャッ。」
「何ですか、シュラ様?」
「ミャッ。」


どうやら、こっちへ来いと言っているようだ。
ヒョイヒョイと歩き出すシュラ様の後を追って、私も執務室を横切って進んだ。
ピンと上を向いて伸びた長い尻尾が、歩くリズムに合わせてゆらゆら揺れているのが可愛い。
触りたい衝動に囚われるが、そんな事をしてしまえばシュラ様が物凄く怒るだろう事は目に見えているので、グッと耐える私。


「ミャン。」
「……窓? 外に出たいのですか?」
「ミャーン。」
「ちょっとだけですよ。」


教皇宮横に出る張り出し窓のガラスを爪でガリガリと引っ掻くシュラ様。
その小さな身体を抱き上げ、カラカラと窓を開ける。
あまり長く外に出られないのは、今日の日差しは遮るものがないからだ。
日光の当たり過ぎで、倒れてしまっては大変ですもの。
シュラ様達のお世話どころではなくなってしまう。


「ミャミャッ。」
「……お花?」
「ミャッ。」


窓の外、日当たりの良い場所に、何かのお花の鉢植えが二つ置いてあった。
シュラ様が、タシタシと前足でその鉢植えの縁を叩く。
私はその場に屈み込み、繁々と鉢植えを眺めた。
中の土が乾いている。


「お水を上げろ、と?」
「ミャン。」
「ジョウロは……、あ、そこにありますね。」


ジョウロにお水を汲み、葉に掛からぬよう土の部分に流し込んでいく。
水が土の中へシュワシュワと沁み込む音が、耳に心地良い。
それにしても、この鉢植えは何なのだろう。
シュラ様が育てているお花?
でも、あのシュラ様が植物の生育なんてするかしら?


「ミギャッ!」
「失敬な、と言っているようだね、この生意気な黒猫は。」
「あ、アフロディーテ様。すみません、心の声が漏れていましたか。」
「アンヌの気持ちは分かる。シュラはそういう性質じゃないからね。」
「ミギギャッ!」


そもそもシュラ様は草花に興味を示すような人ではない。
マメに世話をするようなタイプでもないし、生真面目な割には面倒臭がり屋でもあるのだ。
興味のない事に労力を割くなど、ほぼ有り得ないと言って良い。
抗議の声を上げる黒猫ちゃんを抱き上げ、宥めるように背を撫でる。


「そんなシュラ様が、このような場所で鉢植えを育てているなんて驚きです。」
「だろうね。」
「何なのですか、この鉢植え。」
「秘密さ。アンヌの目に触れないこの場所で、あのシュラが、こうしてわざわざ育てているんだからね。」


つまりは、私に知られないようにしていたという事。
でも、お水を上げなきゃいけないし、誰かに頼もうにも猫の姿では言葉が通じないし。
こうして偶然にも教皇宮に来る事になったので、仕方なく私に頼んだという訳ですか。


「秘密にされている事があるというのは、あまり良い気分はしないですね。」
「ミミャ。」
「後で、ちゃんと事情をお話してくれます?」
「ミャッ。」


勿論だと言わんばかりに、私の腕の中で胸を反らしたシュラ様。
そんな黒猫ちゃんの姿を見て、ちょっとだけ湧いた怒りもスッと消えたのだった。





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