夕方。
ガタリと大きな音がして、シュラ様が帰ってきた事を知ると、私は慌ててキッチンを飛び出した。


「……何だ、これは?」
「ミャン。」


リビングの真ん中には、未だコートを着たまま立ち尽くすシュラ様。
その向かいには、ソファーの上から彼を見上げる黒猫ちゃん。
互いに瞬きもせず、視線をぶつけ合っている。


「お帰りなさいませ、シュラ様。」
「あぁ。それよりアンヌ、これは何だ?」
「猫、ですが。」
「そんなもの、見れば分かる。そうではなくて、何故、猫がココにいるのかと聞いている。」


漸くコートを脱いだシュラ様は、だが、それをポイッとリビングの床に投げ捨てて、自分は腰に手を当てた状態で仁王立ち。
そして、少し機嫌が悪そうに、フンと鼻を鳴らした。
しかもその間、一度たりとて視線を猫ちゃんから外さずに、その眼光で射殺すかの如くジッと睨み付けている。


「アイオリア様のところのカプリコちゃんです。任務で五日程、獅子宮を開けるそうなので、預かる事になりました。」
「どうして俺の宮で預からねばならん? 他で良いだろう。」


私はデスマスク様の事情を話して聞かせ、ココで預かるしかないと説明した。
それでも納得しないようで、サガ様やアイオロス様の名前を挙げて、そちらに連れて行けなどと、クドクド言い出す始末。
まぁ、それも予想通りの反応だけれども。


「サガ様は殆ど自宮にいらっしゃらないですし、アイオロス様に預けたら猫ちゃんがどうなる事か……。考えただけでも恐ろしいです。」
「確かに……、アイオロスのところはマズいな……。」


満面の笑みを浮かべたアイオロス様の腕の中、グッタリと伸びた黒猫の姿を想像したのだろうか。
シュラ様の表情が、グッと渋くなった。


「という事なので、シュラ様。カプリコちゃんと仲良くしてくださいね。」
「そうは言うが、アンヌ……。」


それ以上の彼の言葉は聞かず、私はキッチンへと退散した。
これ以上、問答しても無駄なのだ。
猫ちゃんはココで預かるしかない。
だから、シュラ様には我慢してもらわないと、ね。


その代わりと言っては何だけれども、誕生日の豪華なディナーをテキパキと用意する私。
時折、リビングの二人(一人と一匹)は、一体どうなっているのかと気になりはしたけれど、ここは敢えて突き放すべきだ。
これから数日間を共に過ごすのだから、仲良くなってもらわなければ、私が困るというもの。


それでも、やっぱり、どうしても気になって、メインのお肉が焼き上がるまでの手が空いた時間に、そっとリビングの様子を窺ってみた。
すると、そこには何やらおかしな光景が……。


ソファーの右端に、背筋をピンと伸ばして座るシュラ様。
左端には、同じく背筋をピンと張って座る黒猫ちゃん。
お互い、警戒しながら睨み合い、ピクリとも動かない。


「あの……、何をなさっているのですか?」
「しっ。黙っていろ、アンヌ。今、コイツを屈服させているところだ。」


屈服って……。
猫ちゃんを服従させようとする事だけでも間違っているのに、その鋭い眼光だけで、それを成し遂げようとしているシュラ様って一体……。
相変わらず、この人の考えている事は訳が分からないわ。


結局、彼等の事は放っておく事にして。
私はディナーの準備のために、キッチンへと逆戻りした。





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