「チッ。流石に男の着替えを待つってのは、なンかムカつくな。」


暫く待っても出てくる気配のないシュラ様とアイオリア様に、痺れを切らしたデスマスク様が、苛々しながら舌打ちをした。
うん、でも、ドアを開けて入ろうとした私を止めたのは、何処のどなたですか?
着替え終わるまで待てと言った割には、自分は待っていられないとか、どれだけ自己中なのですか、貴方は?


――ドンドンドンッ!


「オイ、コラ! 早くしねぇか! 三秒待っても出てこねぇなら、コッチから無理にでも開けンぞ! いーち、にー、ウオッ?!」
「煩い。そんなに大声を上げなくても聞こえている。」
「あ、シュラ様……。」


デスマスク様が三つ数え終える前に、勢い良く開かれた寝室のドア。
前のめりになって、よろけたデスマスク様の身体をヒラリと避け、部屋から出てきたのはシュラ様だった。
勿論、黒猫姿ではなく、元の人間の姿のシュラ様。
無表情で仏頂面で、目付きの鋭い、いつものシュラ様だ。


「戻って……、しまわれたのですね?」
「あぁ。」
「そう、ですか……。あの、アイオリア様は?」


そこに居る筈の、もう一人の姿が見えない事に違和感を覚え、シュラ様の身体越しに部屋の中を覗き込もうとするも、その大きな身体に塞がれては、中の様子など良く見えない。
そんな私を見下ろし、シュラ様は軽く身体を捻って隙間を作ると同時に、親指で自分の背後をクイッと指さした。
その指の先に見えるものは……、大きく開け放たれた窓だ。


「あれ? 窓が開いて――、って、ええっ?! アイオリア様、まさかココから?!」
「その、まさかだな。」


でもでも、この窓の下って、断崖絶壁の筈!
しかも、その下には、鬱蒼とした険しい聖域の森が広がっていて……、落ちたらタダでは済まない。
そんなところを飛び降りたとか、普通では考えられない場所だ。


「ヤツも黄金聖闘士。問題あるまい。」
「ま、悪くても掠り傷程度だろうぜ。」
「す、凄いのですね。黄金聖闘士って……。」
「何を今更。」


でも、どうしてアイオリア様は、窓から飛び降りるなんて、そんな危ない方法で帰ってしまわれたのだろう。
別に、このドアから出てきて、普通に正面から帰る事だって出来るのに。


「大方、オマエと顔を合わせたくなかったンだろうぜ。」
「え、どうしてです?」
「猫になって、アレやコレやとアンヌに面倒見てもらってただろ。抱っこしてもらったり、撫でられたり、甘え放題だったからなぁ。人の姿に戻っちまったら、流石に恥ずかしくて、顔なンて合わせられねぇンじゃねぇの? 女の事に関しちゃ、青臭ぇ事この上ねぇからなぁ、アイツ。」
「俺は別に平気だが。」
「恥知らずの天然なテメェと、女に疎いアイオリアを、一緒にすンじゃねぇよ。」


恥知らずな天然って……。
デスマスク様ったら、また随分と酷い言い方を。
まぁ、シュラ様が何とも思っていないようだから良いとしても、ちょっと毒舌過ぎやしませんか?


「っ?! オイ、ちょっと待ってろ。」
「え? あ、デスマスク様?」


何かを思い出したかのように、突然、デスマスク様が廊下の奥へと駆けていく。
後に残された私は、未だ無表情で目の前に立ち尽くしたままのシュラ様を、ぼんやりと見上げた。
そこに居るのは、紛れもなく人間の姿のシュラ様。
あの可愛らしい黒猫の面影は、影も形も残っていなかった。





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