キッチンに充満する焼き立てケーキの甘い匂い。
見れば、スツールの上のシュラ様が、目を細めて鼻をクンクンと鳴らしている。
オーブンを開いた私は、こんがりと綺麗な焦げ目の付いたパウンドケーキの型が乗っているオーブン皿を、慎重に取り出した。


「うん、我ながら上手く焼けました。」
「ミャーン。」


それまで大人しくスツールの上で作業を眺めていたシュラ様だったが、ケーキの焼き上がりを見て、ヒョイとそこから飛び降りてきた。
そのまま私の足下に直行し、足首にスリスリと擦り寄ってくる。
く、擽ったいのですけど、シュラ様。


「ミャミャ、ミャ。」
「な、何ですか、シュラ様?」
「ミャミャ。」
「ケーキ、食べたいのですか?」
「ミャッ。」


甘いものに目がないシュラ様の事だ。
眼前に焼き立てホッカホカのケーキを見てしまえば、そりゃあ我慢なんて出来ないだろう。
でも、猫ちゃんにケーキなんて食べさせて良いものだろうか?


「大丈夫なのか、デスマスク様に聞いてみないと……。」
「ミミャッ!」


なかなか食べさせてもらえない事に苛立ったのか。
それとも、デスマスク様という名前にイラッとしたのか。
目を吊り上げて、不機嫌そうな鳴き声を上げるシュラ様。


……と、その時。
キッチンの入口の方から、ガタリと音がした。
振り返り見れば、ちょこんと座る小さな影。
甘い匂いに釣られてきたのか、デスマスク様とお昼寝をしていた筈のアイオリア様が、鼻をクンクン鳴らして、ジッとこちらを窺い見ている。


「ミャッ。」
「ミィィ。」
「アイオリア様も、ですか? う〜ん、どうしましょう……。」


でも、下手に食べ物を与えて、後でデスマスク様に怒られるのも嫌だし。
かといって、このまま何も上げないで焦らしていると、猫ちゃん達の怒りが爆発するだろうし。


そうこう思案している間に、手招きをするシュラ様に呼ばれて、アイオリア様もキッチンの中へとトコトコ入ってくる。
二匹、ピッタリと横並びで私を見上げ、ミャンミャンと懇願するように上げる鳴き声。
それから、左右に分かれて始まる、足首スリスリ攻撃。


ううっ。
そんな可愛くて、心地良いお強請りをされてしまっては、どうしようかと迷っている心も、思い切り傾いてくるじゃないですか。
うん、そうよ。
ちょっとくらいケーキを食べさせたところで、黙ってさえいれば、デスマスク様にはバレる心配もないだろう、多分。
少しくらいならね、少しくらいなら……。


「ミャーン。」
「ミィィィ。」
「はいはい。急かさないでください、お二人共。」


私は型から慎重にケーキを取り出すと、ゆっくりと包丁を入れた。
ほわり、切れ目から漂うカボチャの香りと、柔らかな湯気。
ふわふわほこほこの断面、綺麗なカボチャ色に染まる生地と、均等なこげ茶の焼き色に包まれた表面。
自分で言うのも何だけれど、とっても美味しそうだ。
これは、甘いもの好きのシュラ様じゃなくても、今直ぐに食べたくなるわね。


「はい、どうぞ。シュラ様、アイオリア様。」
「ミャッ。」
「ミィッ。」


出来上がったケーキを、親指の爪くらいの大きさにカットして。
ふーふーと息を吹きかけて冷ました後、左右の手の平に一切れずつ乗せて、二人の前に差し出す。
直ぐに食べてしまうかと思ったけれど、不思議な事に、暫くジッとケーキを乗せた手を見下ろす猫ちゃん達。
私の目には、ピンと尖った耳と、ふわふわな頭頂部が映っていて、両手にケーキさえ乗っていなければ、今直ぐに撫で回したくなる可愛さだった。


「ミャン。」
「ミイィ。」


――はふはふ……。


まず最初にシュラ様がパクリと食べ、それを横目で見ていたアイオリア様が後に続いた。
可愛い、はふはふしながら食べてる。
猫ちゃんって、本当に猫舌なのね。





- 3/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -