出て行ってしまわれたカミュ様と入れ違いに、背後からコツコツと聞こえてきた足音。
そして、ふわりと鼻孔を擽るコーヒーの香ばしい匂い。
呆然としたままノロノロと振り返ると、デスマスク様が両手にカップを持ってキッチンから戻ってきたところだった。


「カミュのヤツは何処行った?」
「それが……。突然、お帰りになりまして。」
「は? あンな居座る気ぃ満々だったのにか?」
「はい。」


どうしてか分からないけれど、少し慌てた様子で、そそくさと帰ってしまわれた。
確か、シュラ様達が昆虫を食べてしまったとか、そんな話をしていた時だったけれど……。


「あぁ、それだな。噂じゃ、そうじゃねぇかくらいの疑惑でしかなかったンだが、確定だな、こりゃ。」
「何がです?」
「虫嫌いだよ。ガキん時に、虫が苦手っぽい素振りを見せてたからな。怪しいって話は出てたンだが、直ぐにシベリアに行っちまったろ。実際のところは誰も知らなかった。」
「はぁ……。」
「シベリアじゃ天国だったろうぜ。あんだけ寒けりゃ、虫も少ねぇだろうし。」


そ、そうだったのですか、どうりで青い顔をしていると思いましたが。
まさかのまさか、黄金聖闘士であるカミュ様が虫嫌いとは。
しかも、私以上に虫嫌いとは。


「ったく。折角、淹れたコーヒーが無駄になったじゃねぇか。」
「あ、それなら私がいただきます。」
「アンヌが? 珍しいな。」


差し出されたカップを受け取り、熱々のコーヒーを少しだけ啜る。
シュラ様はコーヒーを飲まないために、磨羯宮にはデスマスク様が勝手に常備しているインスタントコーヒーしかない。
それでも、久し振りに飲むコーヒーは香ばしくて美味しいと感じた。


「ミャー。」
「シュラ様、どうしました?」
「ミミャー。」


それまでアイオリア様と一緒に、私の膝辺りでじゃれ付いていたシュラ様が、何やら不機嫌そうな声を上げた。
見れば、こちらを見上げる表情は、酷く顰め面(多分)だ。
二・三度、頭を軽く撫でて上げたけれど、結局は、苛立った様子で鼻をフンと鳴らし、私の傍から離れてしまった。


「どうしたのでしょうか、シュラ様?」
「ミィ?」
「コーヒーの匂いじゃねぇの? 猫なら人間以上に鼻が効くだろうし。」
「あ、そうですよね……。」


シュラ様は、実はコーヒーの匂いも、あまり好きではない。
だから、いつもこの宮でデスマスク様が勝手にコーヒーを淹れて飲んでいると、凄く不機嫌になるのだ。
今も、私が間近で飲んでいたから、耐えられなくなったのかもしれない。
でも、シュラ様がコーヒー嫌いだなんて、見た目からでは想像も出来ないわよね。
だって、どう見ても『俺はブラックコーヒーが好きだ。』、って顔をしているもの。
これを聞いたら、本人はムスッとして怒るのだろうけれど。


シュラ様の姿を目で追うと、彼はソファーにヒョイと飛び乗り、その背もたれの縁をウロウロと歩き回っている。
それから、ソファーの隅に置かれていたクッションに潜り込み、それを全部、頭でもって床に払い落とすと、勝ち誇った様子で、「ミャー。」と大きな一声を上げた。


あぁ、これは相当にご機嫌斜めのサインだわ。
私は慌てて残りのコーヒーを飲み干すと、空になったカップを持って、キッチンへと急いだ。





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