petit four的聖域留守番デー



飛鳥が日本へ帰国して五日。
彼女が作り置きしてくれたスイーツが底を尽き掛けた頃、奴等は見計らったようにシタリ顔で現れた。
両手に大量の酒瓶を抱えて。


「何しに来た? 見飽きた男の顔なんぞ眺めたくもないぞ。」
「おーおー、良く言うわ。糖分と飛鳥成分が足りねぇってイラついてるヤツがな。」
「たまには、こうして発散するのも良いだろう。ほら、ワインにシェリーもあるぞ。」
「フン。酒なんぞいらん。飛鳥の菓子があれば十分だ。」


その菓子がなくなったから、苛々しているのだろう?
そう言ってクスリと笑うと、勝手に上がり込んできたアフロディーテとデスマスクは、勝手にリビングのテーブルを占拠し、勝手に酒やグラスを並べ始めた。
デスマスクに至っては、勝手にキッチンを使って、つまみなんぞを作ってやがる。
そして、あっと言う間に、俺の静かな部屋は酒盛り場と化し、空いた酒瓶が一つ、二つと増えていく……。


「……飛鳥は可愛い。」
「あ? 何言ってンだ、山羊?」
「飛鳥は可愛い。」


強かに酔いが回ってきた頃。
俺は彼女がいない寂しさもあってか、頭の中で飛鳥の姿がグルグルと巡り始めていた。
初めて逢った瞬間、目が合った刹那に、彼女しかいないと思った。
俺には飛鳥しかいない、飛鳥が一番だ。
そんな思いが延々とループして続いていく。


「アレの何が可愛いンだか。発育不足のヘボ女じゃねぇか。」
「飛鳥の事を馬鹿にするなら、脳天に白薔薇をぶっ刺すぞ、蟹。」
「発育不足ではない、小さいだけだ。背が低くて、華奢で、細くて折れてしまいそうで。だが、そこが可愛いのだ。」


小動物のようにちょこまかと動き、時折、真ん丸な目を俺に向けて覗き込んだり、ふっくらした頬をピンク色に染めてニコニコと笑い掛けてくる。
まるでリスかハムスターのように愛らしく、時間の許す限り眺め続けていたいと思う。


それでいながら、着物や浴衣など日本的なコスチュームにその身を包むと、急に匂い立つ華やかさと艶やかさ。
うなじの白さと後れ毛の艶めかしさは息を飲む程で、その色香に惑わされる事も多々あるのだから、飛鳥の可愛らしさというのは、ある一方に偏ったものではなく、多方面から俺の心を擽るような何かであるのだ。


「ノロけだろ、これ……。」
「惚気だな、確かに。」
「惚気の何が悪い。飛鳥が可愛いのは明白な事実だ。俺は当然の事を言っているまでだ。」
「オーイ、誰だ? コイツに酒なんぞ飲ませようって言ったヤツ。」
「貴様だろう、蟹。まぁ、飛鳥が可愛いのは私も認めるところだが、流石に、こうまでクドいとムカついてくる。」


負け惜しみ二人組が何やら言っているが、俺の耳には届かない。
届く必要もなければ、聞く必要もないのだ。
飛鳥は俺にとって最高で最愛の申し分ない恋人なのだから。


「その言葉は、素面の時に、面と向かって飛鳥に告げるべきだね。いつもいつも、クールに冷たく接してばかりいないでさ。」
「で、その可愛い恋人とやらは、オマエを放置して、ドコに行っちまいやがったンだ?」
「親孝行だ。御祖父さんと御祖母さんの三人で、温泉に行った。」
「そりゃ、親孝行じゃなくて、ジジババ孝行だろ。」


幼くして両親を事故で亡くした飛鳥は、祖父母に育てられた。
彼女がパティシエを志したのも、和菓子職人だった祖父の影響が強い。
そんな飛鳥に、「たまには三人、水入らずで、ゆっくりしたいの。」と頼まれたら、断れる筈もないのだ。
俺も一緒に行きたいなどという我が儘すら、そこには挟む余地もなく。


「恋人よりジジババか。オマエ、ホントはロクに愛されてねぇンじゃね?」
「ふふっ。日本での居心地が良過ぎて、戻ってこなかったりしてね。」
「馬鹿な事を言うな、貴様等。叩き斬るぞ。」


とはいえ、実は心配していたのだ。
飛鳥は御祖母ちゃん子だし、暫く実家へは帰れていなかった事だし、随分と御祖父さん達の事が恋しそうだった。
えぇい、考えていても仕方ない。
帰ってこなければ、連れ戻しに行くだけだ。
俺は不安を追い払うように手近にあったワインの瓶を引っ掴み、一気にそれを煽ったのだった。



キミがいない糖分不足



――二日後。


(ただいま〜。)
(飛鳥っ!)
(わっ?! どしたの、シュラ? 目が据わっているけど……。あ、作り置きのお菓子、足りなくなっちゃった?)
(違う、足りぬのは菓子ではないっ!)



‐end‐





山羊さま、酒が入り不安になるの巻。
寧ろ、不安を煽ったのは、不足している糖分のせいかもしれません。
なんてったって甘党山羊さまですからw

2016.04.12



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