petit four的ほっこり冬の一時



今日の任務は早く終わった。
時刻は三時半を越えた頃。
夕方には、まだ少し早いが、飛鳥と多少はゆっくりした午後を過ごせるだろう。
僅かに傾き始めた太陽に向かって十二宮の階段を上り、自分の守護する磨羯宮へと足を踏み入れた。


「戻った。」
「お帰り〜、シュラ!」


バタンと開いた扉の音で、俺の帰宅に気が付いたのか。
パタパタと小走りの足音を響かせて部屋の奥から駆けてきた飛鳥の姿に、俺は目を見開いた。
いつぞやに日本の城戸邸でみせた着物姿と同じだったのだ。
浴衣とは違いビシリとキッチリ、少しの乱れもなく身に着けた和装は、ふわりと春の風をも運んできたかの如く、俺の周囲を柔らかい空気で包み込む。
外は、まだ冷え冷えとしているのに、飛鳥の周りだけは既に春の訪れが来ているかのようだ。


「……着物?」
「そう。沙織さんが是非って。どう? 似合う?」
「似合うも何も……。」


華やかで煌びやかでありながら、清楚で慎ましく。
それでいて、首元から仄かに漂う大人の色香。
正直、飛鳥の着物姿は、いつも俺の内側に燻る『思春期のガキのような抑えの効かない欲望』を、無駄に焚き付ける。
彼女に、その意図はないとしてもだ。


「前に着ていたのとは違う柄の着物だな。」
「季節が違いますもの。これは梅、初春のモチーフ。生地の素材だけでなく、柄や色の組み合わせで季節を表現するのも着物の素敵なところよね。」


日本というのは繊細な表現をするものだな。
それが飛鳥の作るスイーツの、繊細で優しい味わいと、見た目の美しさにも影響しているのだろう。
そうこう言いながらリビングに入ると、ソファーの上には何やら見た事のあるものが置かれていた。


「飛鳥、これは……。」
「勿論、シュラもお着物を着るんですよ。私だけじゃないですよ。」
「俺のは前のと同じだな。」
「まぁ、男性ものだからね。そんなに色々あってもね。」


そう言って、広げた着物を手にジリジリとにじり寄ってくる飛鳥。
いやいやいや、まだ服を着ている俺に、そう詰め寄られても。
俺の服を剥ぐ気か?
俺を引っ剥がして、着物を着せる気か?


「だってほら。シュラ、一人では着られないでしょう?」
「だからといってだな。少し待ってろ。シャワー浴びてくる。」
「浴びなくても良いのに。」
「汗臭いだろう。折角、着物を着るのだからな。」


溜息と共に前髪を掻き毟る。
流石の飛鳥も諦めたのか、自分の身体を避けて、俺に道を譲った。


「着物、か……。」


シャワーを浴びながら、彼女の着物姿を思い浮かべる。
普段は、やや天然で茶目っ気たっぷりの飛鳥も、着物を着るだけで、ああも雰囲気ムンムンのしっとりした大人の女に変わるのだ。
結い上げた髪の間から見えた白いうなじを思い出し、シャワーで鎮静化した筈の身体が、逆に熱を持ち始めた。
ムクムクと目に見えて形を変えた正直過ぎる腰から下の欲望に、自分自身で恥ずかしくなり、クールダウンとばかりに羞恥で赤くなった顔を水で洗い流した。


その後は、ただただ彼女の言いなりになるだけだ。
されるが儘に着物を着付けられ、背中を押されてリビングに戻る。
窓辺には、床に置かれた二枚の座布団。
窓の外には、刻々と色を変えていく夕方の空が広がっている。
ココに座って待てという事だろうか、慣れぬ胡座で座布団の上に落ち着く。
仄かに温かいのは、飛鳥が暖めてくれていたからに違いない。


「お待たせしました、旦那様。」
「……だから、旦那様は止めてくれ。」
「だって、お着物のシュラは旦那様と呼ぶに相応しい凛々しさですもの。呼ばないなんて勿体ない。」


何がどう勿体ないのか分からないが、呆れて項垂れている間に、隣に座った飛鳥が、手にしていたトレーを俺達の間にゴトリと置いた。
お盆とかいうらしい小さな円形のトレーは、黒光りする漆塗りが美しい。
そこに重量感のある湯呑み茶碗が二つ。
どちらも日本の職人の業といった工芸品だ。


「はい、甘酒。シュラ好みの甘さになっていれば良いけど。」
「自分で作ったのか?」
「勿論。お着物を着て、夕陽を眺めながら甘酒をいただくだなんて、粋でしょう?」


本当は真ん中に七輪を置いて、お餅を焼こうかと思ったんだけれど。
なんて、クスクス笑いながら茶碗を傾ける飛鳥。
いつもの愛らしさの中に、微かな色気を漂わせて微笑む彼女を、目を細めて眺めながら、俺は夕陽色に染まる甘い甘酒をゆっくりと味わい、喉の奥へと滑らせていった。



遠い異国で、和色の時間を



(駄目だ。やはり耐え切れん。)
(何? どうしたの? わっ、ちょっと?! ま、まだ夕方なんですけど?!)
(お前が着物で誘惑などするからいけないんだ。)
(ゆ、誘惑だなんてしてない、してない!)



‐end‐





この後、窓辺の床の上で、お着物プレイが開催されましたとさw
このシリーズの山羊さまは、どうも着物に弱いらしいですよw

2016.02.11



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