petit four的日本の冬



寒い。
東京の冬は過ごし易いと聞いていただけに、予想外のこの寒さは身に凍みた。
雪も滅多に降らない、雨が続く訳でもない。
昼の時間も、欧州の都市に比べれば、ずっと長く明るい。
陰鬱で暗いロンドンや、寒さの吹き抜けるパリに比べれば、晴れた東京の空は気持ちが華やぐ。
そう悪友共に吹き込まれ、大いに期待していた俺が馬鹿だった。


蓋を開けてみれば、どうだ。
東京は例年にない寒波に見舞われ、俺が到着した翌日から、氷点下に程近い気温が続いている。
時にはチラチラと雪も舞い、空に青さは一ミリも見受けられなかった。
ロンドンと何ら変わりない曇り様だ。
用意していたウールコートでは寒気を遮断出来ず、慌ててダウンコートを買いに行かねばならなかった程に、今が『冬』である事を突き付けてきた。


溜息を吐きつつ見上げた夜の空に、星は見当たらない。
赤黒く鈍い色の雲が、夜の街全体を覆っているようだ。
タクシーの窓越し、普段なら街の灯りが華々しく視界を過ぎていくのに、この数日は曇った空ばかり眺めている。


そうこう言っている間にも、薄黒い灰色の空から、白い雪の塊がバサバサと落ち始めた。
ハラハラとか、チラチラとか、そんな可愛いものではない。
情緒も何もない、本当にバサバサという降り方。
この降り方では、明日の朝までには、かなり積もるだろう。
雪に対する弱点持ちの東京の交通機関は、確実に麻痺だな。


ザリリッと、この寒さに冷え切った石でも轢いたのか、タイヤの下から嫌な音が響く。
次いで、タクシーがガクンと止まった。
この場合、運転の荒さを運転手に咎めるのは筋違いか。
雪が降る今夜は、彼にとっても勝手が違っているのかもしれない。


「……シュラッ!」
「っ?!」


タクシーを下りると直ぐに、タタタと駆け寄ってきた影。
俺はその姿を見て、酷く驚いた。
城戸邸の門の前で待っていた飛鳥は、辛うじて傘を差してはいるものの、コートどころか上着も着ていない。
薄いニットの上に、ストールを羽織っているだけだ。
肝を冷やすとは、こういう事を言うのか。
この馬鹿寒い夜に、雪が降っている中、俺の到着を待っていただと?
邸宅の玄関から、それなりに離れた位置にある門の前まで、コートも着ずに移動した上に、更に、ココで俺を待っていたと?


「何をしている、飛鳥。風邪を引くぞ。」
「大丈夫よ。数分程度しか外に出てないもの。」
「数分といえど、この寒さだ。お前に風邪を引かれては困る。」
「私が風邪を引いたら、明日のスイーツがお預けになるから?」


本気で怒りを滲ませる俺を前に、冗談めかして笑う飛鳥。
全く……、今日も変わらず人の言葉を聞かない女だ。
溜息を吐きつつ、素手で傘を握る彼女の右手を、そっと自分の両手で包み込んだ。
案の定、ヒヤリと冷たい手の表面。
俺の心に、怒りと同等の呆れが湧き上がる。


「こんな雪夜だから、シュラが濡れてしまうと思って。」
「この程度の雪、走れば濡れはせん。」
「でも、ね。たまには、こういうのも良いかなって……。」


差し出された傘、彼女の横に立つ俺。
あぁ、そういう事か……。
一つの傘に、並んで入りたいと。
恋人同士のように仲睦まじく。
俺は飛鳥の手から傘を奪うと、その華奢な肩に腕を回した。


「アイオロスさんが小宇宙を感じ取って、直ぐにシュラが到着するだろうと教えてくれたの。」
「そうか。それで何分も待たなかったという訳か。」
「あ、多分、窓から見ていると思うわ、アイオロスさん。」
「っ?!」


時既に遅し。
遠く邸宅の窓灯りの中に、楽しげに俺達を見下ろすニヤけ顔を発見し、ココからマッハで逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、飛鳥を置いて走り去る訳にもいかず、肩を抱く腕を引っ込める訳にもいかず。
門から邸宅まで続く長い道のりを羞恥プレイ満載で歩く羽目になるとは……。
この時ばかりは、一般人よりも遙かに視力が良い事を恨まずにはいられなかった。



雪の夜の相合い傘



(いやぁ、羨ましいなぁ。仲良しさんで。)
(わ、忘れろ! 早く記憶から抹消しろ!)
(良いじゃないか、ラブラブなんだから。)
(クッ……。)



‐end‐





誰も見てないと思ってイチャイチャ相合い傘をしたところ、思い切りロスお兄さんに見られていたとか言う、山羊さまの顔面から火が出そうな羞恥プレイでしたw

2016.01.26



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