petit four的山羊座の誕生日



ブルリ。
身に沁みるような寒さを感じて目が覚めた。
だが、まだ起きたくはない。
昨夜は遅くまで飲んでいた事もあって、あと一・二時間は睡眠時間が欲しい。
心地良い微睡みと、身体に襲いくる寒さの、相反する感覚に囚われながら、夢と現実の境目を彷徨う朝のひと時。
傍にある愛しい者の温もりを求めて、瞼を閉じたまま腕を伸ばした。


が……、我が腕は空しく宙を切り、胸の中に引き寄せられたのは、冷たくなった寝具のみ。
寝返りでも打って、俺の傍から離れてしまったか。
未だ寝呆けた頭の中で、そんな事を思いながら、広いベッドの端まで移動して飛鳥の身体を探してみる。
しかし、手に触れるのはサラサラと冷たいシーツの感触ばかりだ。


仕方ない。
渋々ながらも目を開けた。
やはりベッドの上に飛鳥の姿はなかった。
どおりで寒さを感じる訳だ。
いつもポカポカと温かい飛鳥の身体が、俺の腕の中から消えていたのだから。


時計を見る。
午前七時半。
就寝時間を考慮しなければ、当然、起床していておかしくない時間だ。
だが、眠りに着いたのは明け方の四時。
誕生日祝いだ何だのと理由を付けて押し掛けてきた悪友二人と、相も変わらず飲み明かし、気が付けばそんな時間になっていた。
飛鳥も途中ウトウトとしていたとはいえ、マトモに眠った時間は少ないだろう。
なのに、このシーツの冷たさ。
明らかに、ちょっとベッドを出て、トイレに行っているとか、シャワーを浴びているなどとは様子が違う。


飛鳥がいなければ、二度寝も空しい。
冷え冷えとしたベッドで一人、丸まって眠るよりは、眠い目を擦りつつ起きている方がマシだ。
手早く服を身に着け、寝室を出る。
人気のないリビングを通り抜け、向かう先は決まっていた。
飛鳥が朝早くから起きて立て籠もる場所といえば、そこしかない。
俺は勢い良くキッチンの扉を開けた。


――バンッ!


「わっ!? 吃驚した! シュラ、どうしたの、こんな朝早くに?」
「それは俺の台詞だ。こんな朝早くから何をしている?」
「見ての通りで御座いますよ。今日はシュラの誕生日だから、張り切ってスイーツ作りを、ね。気合い入り捲りでやってるところ。」


一体、何種類の菓子を、同時に製作しているのか。
飛鳥の手が止まったのは、俺が乱入した一瞬だけで、今は忙しなくキッチンの中を動き回っている。
と言っている傍から、ガスオーブンが焼き上がりを知らせる『ピー』という音を鳴らした。


「もっとゆっくり寝てれば良かったのに。」
「お前のいない冷たいベッドで、一人で寂しく寝ていろと? 俺は一人寝は好かん。」
「人前じゃ硬派過ぎる程なのに、実際は随分と寂しがりなのね。」
「う、煩い。今日は寒いから余計にだ。」
「はいはい、甘党で寂しがりの山羊さん。これ、味見ね。」


言い訳を並べる俺など軽くスルーして、飛鳥は焼き上がったばかりのメレンゲを一つ、俺の手に乗せた。
淡いピンクのメレンゲは、口に入れた途端にシュワリと溶けて、甘い余韻を口内に残して消えていく。
寝起きの頭にも優しい、ふんわりとした甘さに浸っている間にも、止まる事を知らない飛鳥の手は、次々と魔法のようにスイーツを生み出していた。


パステルカラーのメレンゲを籠に盛る。
その横では、俺の大好物のジンジャークッキーが、甘くスパイシーな香りを放っている。
焼き上がった小さなタルト型にカスタードクリームを敷き詰めて、艶々としたブルーベリーをたっぷりと並べる。
そして、再びオーブンが『ピー』と鳴り、タルトを飾り終えた彼女は、すぐさま飛んでいく。


「……ポルボロンか?」
「大正解。一度、作ってみたかったの。上手く出来てるでしょ。」


キッチンミトンを着けた飛鳥が手にした天板の上には、目に懐かしい丸い菓子が並んでいた。
スペインではクリスマスに食べるクッキーに似た菓子で、『幸福を呼ぶお菓子』とも言われている。
食べた時にホロホロと崩れてくる感触が何とも言えず心を擽るのだ。


「これも見て。昨日の内に焼いたの。」
「これは……、王様のリングケーキ?」
「ちゃんと小さなお人形も入れておいたから、シュラが引き当てて、王様になってね。」


輪っかの形をしたスポンジの中に潜ませた陶製の人形を引き当てると、その日は、その人が王様として過ごせるという、イギリスのクリスマスプディングにも似たスペインの伝統ケーキ。
まさか、このような菓子まで用意していたとは。
きっと飛鳥は、俺以上に今日という日を楽しみにしていたのだろう。
俺の好きなスイーツを、彼女の好きなだけ作れるのだから。
飛鳥は早起きをしたのではなく、多分、気分が高揚して目が覚めたのだ。
キラキラと嬉しそうに楽しそうに瞳を輝かせてキッチンをクルクルと回る飛鳥の姿を見つめながら、俺の心も釣られるように弾んでいた。



誕生日の王様、だーれだ?



(あっ! お人形、私のに入ってた!)
(何っ?!)
(やったぁ、今日は私が王様ね。それじゃあ、シュラ。肩揉んでくれる?)
(ぐ……。今日は俺の誕生日だぞ……。)



‐end‐





旦那様(誰の旦那だ;)、お誕生日おめでとう御座います!
誕生日に好きなだけ甘いものを頬張ってくださいなw

2016.01.12



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