俺が日本で護衛の任務に当たっている間、飛鳥とは勿論、一緒には過ごせない。
その間、彼女は城戸邸で留守番だ。
といっても、一日中、屋敷に閉じ籠もっている訳ではない。
菓子作りに集中し、キッチン、というか、厨房に立て籠もっている事も多々あるが、それ以外の時間は、飛鳥一人で自由に外出している事が多い。
日本以外では手に入り難い食材を買いに行ったり、キッチンツールを多く取り扱う店が建ち並ぶ街へと出掛けて行ったり、有名パティシエの店に(本人は視察だと言っているが)絶品ケーキのティータイムを満喫しに行ったり。
そして、夜は勿論、護衛の仕事から帰った俺と共に時間を潰す。
飛鳥はこの日本で、暇な時間などないくらい、充実した日々を過ごしているようだった。


この日。
アテナの護衛で付き従った会合は昼過ぎに終了し、城戸邸へと戻ってきたのは、まだ明るい時間。
丁度、三時のティータイムの頃合いだ。
元々、今日は早く戻る予定だと告げていたからだろう。
屋敷に戻った俺を出迎えた飛鳥は、やけに嬉しそうに駆け寄ってきた。


「はい、これ。」
「……ん?」


胸の中へと押し付けられたのは、大きな布の包み。
風呂敷包みと言うのだったか?
押し付けられたソレは、意外にずっしりとしている。


「それに着替えたら、直ぐに中庭に来てね。あ、着付けは辰巳さんに、お願いしてあるから。」
「……着付け?」
「じゃ、早くねー。」
「オイ、飛鳥!」


彼女は言うだけ言って、また奥へと引っ込んでしまった……。
全く、何が何やらサッパリだ。
首を捻りながら自室へと戻ると、直ぐに扉をノックする音が響く。
開けると、飛鳥の指示通りなのか、辰巳が年輩の女性を伴って、部屋へと入ってきた。



***



着替え(いや、着付けか?)を済ませ、指定された中庭へと向かった。
着慣れないものを身に着けていると、こうも気恥ずかしいものだろうか。
しかも、慣れないせいで歩き辛くもあり、足元がムズムズするというか、スースーするというか。
しかし、そんな戸惑いも、中庭に足を踏み入れた途端に消えてなくなっていた。


「これは……、凄いな。」


この中庭は、借りている自室からは見えない位置にある。
だから、全く知らなかったのだが、この庭は見渡す限り桜で囲まれていた。
中庭に降りた瞬間、異世界にでも迷い込んだ気分だ。
存在する全ての『色』がピンク一色に染め変えられていて、その美しさに思わず息を飲んだ。


「シュラ、とても良く似合ってますよ。」
「恐縮です、アテナ。」
「飛鳥さんが強請った理由も良く分かります。この景色の中で、その格好。貴方以外の黄金聖闘士には合わないでしょう」


今の俺の姿は和装、つまりは着物を身に着けている。
飛鳥が俺でなければ駄目だと、強く言い張った理由はコレか。
まぁ、確かに、着付けを終えた自分の姿を見て、満更でもないとは思ったが。


「お待たせしましたー。」
「っ?!」
「まぁっ。」


再び息を飲む、先程よりも強く。
お盆を手に現れた飛鳥は、淡い色の着物姿だったのだ。
それは、この桜の景色と相成って、呼吸も忘れるくらいに綺麗だった。
言葉を失ったまま、目を見開いて凝視してしまう。


「まぁ、飛鳥さん。ご自分だけお着物だなんて、ズルいですわ。」
「ごめんなさい、沙織さん。でも、どうしてもシュラと二人で着物を着てみたかったの。あ、これ、桜餅。これで許してくれます?」
「あら、とっても美味しそう。仕方ないですわね、今日のところは、これで……。」


カタリ、それぞれの目の前に置かれた小さなトレーには、淡いピンクの桜餅が二つと、背の低いグラスに注がれた濃い緑色の飲み物。
何だ、このグロテスクな色の飲み物は?
まさか、この場面で野菜ジュースという事はないだろうが……。





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