petit four的スイーツな彼女



眼下に長く伸びた十二宮の階段を眺めながら、俺はただ黙って立っていた。
ギリシャとはいえ山奥にある聖域、冬の今はそれなりに寒い。
唇から漏れる息も、真っ白に煙っている。


休日の今日は、飛鳥とアテネ市街へ買物に出掛ける予定だった。
彼女よりも早く身支度を終えた俺は、少しだけ外の空気が吸いたくて、先に部屋を出たのだが……。
自宮の入口まで出たところで、吹き抜けていく風の冷たさに身を縮め、無駄に早く出て来てしまった事を強く後悔した。


「お待たせ、シュラ〜。」
「……あぁ。」


待つ事、五分。
俺が寒さに震えている事など知らぬ飛鳥のノンビリした声が響き、少しだけ不機嫌気味に振り返った。
が、そんな不機嫌など一瞬で忘れ去った。


「…………。」
「何? どうしたの、シュラ?」


現れた飛鳥は、真新しい真っ白なウールコートを着ていた。
ふんわりとしたAラインのコートから伸びる細い足は、濃いチョコレート色のタイツとブーツに覆われ、首元にはフワフワのラビットファーで出来た淡いピンク色のティペットが巻かれている。
小柄で華奢な飛鳥に良く似合う、愛らしいスタイル。


「……美味そうだな。」
「はい?」


思わず本音が零れ出た。
真っ白なコートを着込んだ飛鳥は、まるで彼女自身が作る絶品ショートケーキの如く甘美なものに、俺の目には映った。
小さな飛鳥を頭の上から足の先まで見遣り、俺の喉がゴクリと鳴る。


「美味そうって、何?」
「そのままの意味だ。」
「そのままの意味の、その意味が分からないんですけど?」
「深く考えなくて良い。言葉通りだからな。」


問答を続けても埒が明かないと思ったのか、飛鳥は溜息を一つ吐いて肩を竦め、それから話題を変えた。
トテトテと階段を下りていく飛鳥の後ろを歩きながら、俺の視線はその後ろ姿に釘付けのままだ。
歩くリズムに合わせてフワフワと揺れるコートの裾が、余計に俺を煽り誘っているように思えてならない。


「……で、それを買ったら私の用事は終わりだけど、シュラは行きたいトコ、ある?」
「ホテル、だな。」
「ホテル? あぁ、この前、ホテルグラードアテネでランチしたいって言っていたものね。じゃ、お昼ご飯は決定。」


ランチにも行きたいが、本音はそちらではない。
今の俺の気持ちは、食欲ではない方の欲に大きく傾いている。
目の前で揺れる魅惑的なケーキを、じっくりと、たっぷりと、隅から隅まで味わいたいのだ。


「出来れば宮に逆戻りしたいところだが、ランチが終わるまでは我慢してやる。」
「……はい?」


愛らしい飛鳥の姿を見た直後から、俺の身体の奥では欲望がムラムラと渦巻いている。
だが、約束していた買物にも行かずに、宮の部屋へと逆戻りすれば、彼女の激怒は免れない。
だから、ランチが終わるまでは、飛鳥の思う通りにさせてやろう。
しかし、その後は……、俺が思う通りにする時間だ。


「今日は休みだからな。ホテルでゆっくりする時間は十分にある。最高の甘味をたっぷり味わう時間がな。」
「ま、まさか、シュラ。さっき言っていた『美味そう』って言葉……。」
「言っただろう。そのままの意味だと。」


絶句する飛鳥。
階段を下りていた足を止め、口をパクパクさせて俺を見上げている。
その真ん丸に見開かれた瞳に、俺の心は更に擽られるのだ。


「な、何で、急にそんな……。」
「お前が誘惑するからだ。」
「誘惑なんてしてないんですけど、全く!」
「そんな美味そうな格好をしておいてか?」


フンと鼻を鳴らし、俺は飛鳥の前を進んでいく。
慌てて追い駆けてきた彼女は、俺の背中に向かって、「昨日も散々したのに。」とか、「今朝も強制的に組み敷いてきたのに。」とか、次々と不満の言葉をぶつけてきたが、そんなものは右から左へと受け流した。
この心は、ランチ後に待っている極上スイーツを味わう時間へとまっしぐらに向かっている。



彼女は最高のスイーツ!



(コートの下は何を着てるんだ?)
(淡いピンクのニットワンピですけど……。)
(そうか、苺クリームか。増々、美味そうだな。)
(違う! 私はケーキでもクリームでもないから!)



‐end‐





新年一発目は悶々発情山羊さまでした(苦笑)
食欲より性欲みたいですよ。
一応、ランチ後まで我慢はしてくれるみたいですけどw

2020.01.10



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