petit four的風邪引き予防



「ひゃ〜!」


パタンと部屋のドアが開いた音に続き、小さな叫び声と、パタパタと駆けて来る足音が響く。
リビングに飛び込んできた飛鳥は、渋い顔をして、髪と肩の上に乗った小さな滴を手で払った。


「……雨?」
「そうなの。あと少しで磨羯宮ってトコロで、降られちゃったの。」
「大丈夫か?」
「まだ降り始めだったから、ちょっと濡れただけ。」


そう言って飛鳥は、雨に湿ったロングカーディガンを脱ぎ、部屋着のパーカーを羽織った。
髪はタオルで軽く拭えば、問題なさそうだ。
風邪を引く心配はないと分かり、ホッと息を吐く。


「だから、俺が連れて行ってやると言ったのに。」
「だって、シュラ。昨日の夜に任務から帰ってきたばかりだったんだもの。今日はゴロゴロ・ダラダラしたいでしょう?」
「俺は、そんなに自堕落ではない。」


任務明けだろうと何だろうと、トレーニングは欠かさないし、執務に当たれと言われれば、それに従う。
睡眠時間さえ十分に取れたなら、疲れは残らない。
ダラダラ過ごす必要などないのだ。


「デスさんなんて、任務明けは、いつもダラダラしてるよ。この間は、双魚宮のソファーでグースカ寝てたし。」
「何故にアフロディーテのところで……。自分の宮で休めば良いものを。」
「巨蟹宮だと死仮面の悲鳴が煩くて、グッスリ眠れないらしいよ。神経に障るとか何とか……。」
「自業自得だろ、それは。」


あんなデカくてゴツイのが部屋の中に転がっていたら、そりゃあ邪魔で仕方ないだろうな。
呆れ返っている間に、飛鳥はキッチンでミルクティーを淹れ、午前中に焼いたカヌレを皿に盛って戻って来た。
先程は、そのカヌレをお裾分けしに、彼女は宝瓶宮まで出掛けていた。
カミュは飛鳥の作るカヌレが大好物なのだ。


「ん? ホットティーか?」
「風邪を引いたら困るからね〜。温まらないと。」


初夏のジワリとした暑さの中で、温かいミルクティーを出されるとは。
カヌレには合うから良いが、カップから立ち上る湯気で、俺の額にはジワリと汗が浮かび上がる。


「で、どうして、そんなにピッタリとくっ付いてるんだ?」
「体温が下がって、風邪を引いたら困るからね〜。」


飛鳥は俺の横に座るだけでなく、隙間なくピッタリと密着してくる。
折角、運んできた紅茶にもカヌレにも手を付けず、俺の腰に両腕を回してギューッと抱き着いてくるのは、どういう事か。
正直、抱き着かれていると飲み難いし、食べ難い。


「……飛鳥。少し離れてくれ。」
「どうして?」
「飲み食いがし辛い。」


ここぞとばかりに俺の身体に擦り寄る飛鳥は、ゴロゴロと喉を鳴らして甘える子猫のよう。
風邪を引くからというのは口実で、単にイチャイチャしたいだけなんじゃないのか?
珍しくアフロディーテもデスマスクも他の奴等の姿もない事だし。


「もうちょっとだけ〜。身体が温まるまで、ね?」
「ならば、もっと良い方法があるぞ。」
「何?」
「このままベッドに直行す……。」
「却下です。」


俺の言葉は言い終わらぬうちに遮られ、あっさりと拒否された。
身体を温めるなら、何をおいても『ソレ』が一番だと思ったのだがな。
そこに当然の如く入り込んでいる下心を、簡単に見抜かれてしまっていた。


「自分は自堕落じゃないとか言っておきながら、今、進んで自堕落な事をしようとしているって、ちゃんと分かってます、シュラさん?」
「自堕落ではない。俺は、いつでも全力だ。」


ダラダラ・ゴロゴロ過ごすのと、飛鳥とベッドを共にするのとでは、全く違う。
飛鳥と抱き合うなら、当然、俺の全力で挑む。
そう思って言うと、飛鳥は顔を真っ赤に染めて、目を見開いた。
慌てて俺の腰から手を離し、白々しく目を逸らして紅茶を啜る姿を見て、自分から煽っておきながら何を照れているのかと、呆れ返った俺だった。



雨降り午後の風邪予防



(行かんのか、ベッド?)
(行きません!)



‐end‐





昨日、雨に降られてちょっぴり濡れてしまったので、温か山羊筋肉にしがみ付きたいと思っていたら、こんなものが書き上がりました(苦笑)
出来れば問答無用でベッドに直行して欲しいw

2019.06.13



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