petit four的豪雨の翌日



「わわっ!」


パシャンと小さな水音がして、振り返ると飛鳥が頻りに足元を気にしていた。
彼女の背後には大きな水溜まり。
俺が楽に飛び越えた水溜まりでも、背の低い飛鳥には越え難かったようだ。
水溜まりの際に足を着いて、足首に水が跳ねてしまっていた。


「大丈夫か、飛鳥?」
「うん、平気。このくらいなら、ね。」


昨夜は酷い雨だった。
石畳を割ってしまいそうな勢いで打ち付けていた雨音が気になって、眠りが浅かった事を覚えている。
十二宮の周囲を覆う森の木々も、昨夜の豪雨に枝をやられてしまったようで、折れて風に飛ばされた枝がアチコチに散乱していた。


「アッチもコッチも水溜まりだらけで、嫌になっちゃう。」
「十二宮の階段は水捌けが良い筈なのだが、これだけ乾いていないとなると、相当な量の雨が降ったんだろう。」
「雨音、凄かったものね。宮全体が滝に打たれているみたいで。シュラが居なかったから、ちょっと怖かった。」


そう言って眉を下げた飛鳥は、フラフラした足取りで小さな水溜まりを跨いだ。
正直、見ていて危なっかしい、転びやしないかとヒヤヒヤする。
女性と歩くというのは、気を遣うものだな。
自分一人だと何も考えずにズカズカ進むだけだが、傍にか弱い者がいるだけで、意識がそちらへと持っていかれる。


飛鳥と出くわしたのは、磨羯宮と宝瓶宮の丁度中間辺り。
そこかしこに広がる水溜まりを避け、時には飛び越えて、ヨタヨタと十二宮の階段を上っていた彼女に、後ろから俺が追い着いた形だ。
そのまま追い抜いて、先に行ってしまっても良かったのだが、飛鳥は大きな荷物を持っていたし、水溜まりに悪戦苦闘しているのも一目瞭然で、放っては置けずに手を貸した。
彼女が運んでいた大きなバスケットは、今、俺の手にあり、二人で一緒に教皇宮へと向かっている。
バスケットの中身は、女神のためのティータイム用ケーキだった。


「アイオリアは優しいね。」
「……そうか?」
「シュラは荷物は持ってくれるけど、待ってもくれないし、振り返ってもくれない。」


足元を濡らしながら必死で階段を上る飛鳥を後目に、黙々と一人、先に上っていくシュラの姿が目に浮かぶ。
確かに、あの男なら、どんなに恋人がバタバタしていても、平然と先へ進むだろう。
そのクセ、「俺の女に色目を使うな。」などと、あからさまに独占欲を露わに喧嘩を売ってくるのだから、自分勝手な奴だとも思う。


「釣った魚に餌を与えないタイプだからねぇ、シュラは。」
「それで良く一緒に居られるな。嫌になったりしないのか?」
「最初の頃は悩んだりもしたけど、もうアレはどうにもならないと開き直っちゃったから。それに、好きになるのは理屈じゃないしね。」
「そういうものなのか……。」


そんな事をポツポツと喋りながら進んでいくと、目の前に、また大きな水溜まりが現れた。
避けて通るには、両サイドに隙間がない。
俺ならば簡単に跨げるが、小柄な彼女には難しいか……。
そう思って、何気なく手を差し出したところ、飛鳥は大きな瞳をキラッキラに輝かせて、俺の顔を見上げてくるではないか。
まるで大好きな飼い主に、甘えて媚びる子犬のように。


「な、何だ? どうした、飛鳥?」
「いや、だって、こんな風に手を差し出されるのって、女の子の憧れでしょ。それを無意識に出来るなんて、アイオリア、素敵。格好良い。惚れちゃいそう。」


いやいやいや、惚れられたら困る!
シュラに殺される、アフロディーテやミロにも!
そして、俺の手に引っ張られ、何とか水溜まりを飛び越えた飛鳥は、着地と同時に大きな溜息を吐いた。


「シュラにも、アイオリアを見習って欲しい。言っても無駄だろうけど。」
「アレで何故、モテるのか分からん。」
「ホント、ホント。あ、でも、アイオリアが女官の子達にモテる理由は分かった。」


そう言って、再びキラキラの瞳を俺に向ける飛鳥。
頼むから『惚れる』などと物騒な言葉は、もう言わないでくれ。
タジタジとして足を止めた俺を見て、飛鳥はクスリと笑った後、またも行く手を阻む小さな水溜まりを、ヒョイと軽やかに飛び越えていった。



からかうのは止めてくれ!



(別に俺はモテてなど……。)
(可愛い女官の子に告白されたって聞いたけど?)
(そ、それは、そのっ……。)



‐end‐





タジタジなニャーくんと、キラキラお目目で見上げる夢主さんが書きたかっただけとか言います。
普段、絶対に山羊さまがエスコートしてくれないから、ニャーくんの何の気ない手助けに、凄まじく感動してしまったのです。

2019.04.14



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