petit four的寒波の日



多分、今回のが、この冬の最後の寒波だ。
まるで「冬の寒さを忘れンじゃねぇぞ!」と、我々に思い知らせるかのように、昨夜から居座り続ける晩冬の寒気は、この聖域の人間を震え上がらせるには十分で。
カミュ以外は皆、モコモコに着込んでも、まだ歯をガチガチと鳴らしながら十二宮の階段を上り下りしている。


「うわぁっ! 凄い! 何これ、凄い!」
「コラコラ、飛鳥。走っちゃ駄目だよ。」


十五時の少し前。
ティータイムを一緒にという約束を守って私の宮を訪れた飛鳥は、手にしていたスイーツ用バスケットをテーブルの上に放るように置くと、一目散に窓の方へと駆け寄った。
双魚宮のプライベートなスペース、私の住まう部屋のリビングには大きな窓があり、そこから私の大切な薔薇園を一望出来るテラスへと出る事が可能だ。
つまり、窓の前に立てば、テラスに出なくても薔薇園の大部分を見渡せる。
飛鳥は今、その窓に貼り付いて、うっとりと私の育てる薔薇達を眺めていた。


「薔薇が凍ってる……、綺麗……。」
「私も初めてだよ。ココの薔薇が凍っているのを見るのは。」


そもそも気温の下がる冬に、庭園いっぱいに薔薇が咲き誇る事など有り得ない。
ココの薔薇達には、私が絶えず微量の小宇宙を注いでいる。
だからこそ、本来は咲く筈のない時期にも、こうして見事に花が開いているのだ。


「待って。ディーテが小宇宙を分け与えているなら、凍り付くのはおかしくない?」
「良いところに気が付いたね、飛鳥。」


私の小宇宙によって生きている薔薇は、どんな暑さだろうと、どんな寒さだろうと、その影響を受けない。
強風も、豪雨も、雹も霜も大雪も、一切関係ないのだ。
私の小宇宙の供給が途絶えない限り、ありとあらゆる気象状況下で咲き続ける、それがこの双魚宮の薔薇だった。


「つまり、どういう事?」
「私が薔薇に分け与えている小宇宙より、この寒波の方が僅かに強いって事さ。こんな事は有り得ない筈なんだよ。だから、私ですら初体験の珍しい出来事なのさ。」
「ディーテの小宇宙を超えるなんて、とんでもない寒波なのね……。」


漸く窓から離れた飛鳥は、着ていたポンチョコートを脱いで、ソファーの背もたれに掛けた。
外は凍て付く寒さだが、部屋の中では立派な暖房器具が活躍しており、ポカポカに暖かい。
だが、彼女の頬は、ココまでの道程で吹き付けられた冷たい風により、未だ赤いままだった。


「この薔薇、元に戻るの?」
「与える小宇宙を少しだけ増やしてあげればね。」
「だったら、どうしてしないの?」
「凍った薔薇の園だなんて、もう一生、見る事が出来ないかもしれないからね。この神秘的な美しさを、暫く楽しむのも良いだろう。」


窓の外では、見渡す限りに凍った薔薇が、雲間から差し込んだ一筋の陽の光を受け、キラキラと乱反射している。
それは、この世のものとは思えぬ幻想的な美しさで、飛鳥でなくとも溜息が漏れる光景だ。
薔薇達は少々、可哀想ではあるが、今日くらいは試練に耐えてくれても良いじゃないか。
普段は散々、私の小宇宙を食べて、悠々と生きているんだからね。


「なら、私達は、この世に二つとない景色を堪能しながら、ゆっくりお茶を味わいましょうか。」
「そうだね。おや? これは……。」


まさか、こちらも薔薇とはね。
飛鳥がバスケットから取り出したのは、薔薇の形をした三色のマドレーヌ。
そういえば先日、薔薇の形に焼き上がるマドレーヌ型を買ったのだと、彼女が言っていた。
早速、お試しという事か。


「ピンクは苺、黄色はオレンジ、茶色はチョコ。さて、どれにしましょうか?」
「では、ピンクからいただこうかな。可愛いパティシエさん。」


取り分けられた薔薇のマドレーヌと、香り高いローズティー。
飛鳥と二人きりのティータイムは平和で幸せで、その時間を楽しむためにも、私はちょっとした嘘を吐いた事を黙っていた。
薔薇達に与える小宇宙を増やさないのは、それをすると、とても疲れるから。
ただ、それだけの理由だったのだ。



凍れる薔薇の小さな嘘



(あ〜、美味しい。暖かい部屋で飲む、温かい紅茶は最高。)
(綺麗な薔薇園の景色より、胃袋か……。)
(ん? 何、ディーテ?)
(いや、何でもないよ。)



‐end‐





少し前に、余りにも寒い日が続いたので、薔薇が凍る話を書いてみました。
ギリシャといえど山奥の聖域になら寒波くらいは来るだろうと、勝手に妄想した結果です。

2019.02.22



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