petit four的バレンタイン・パイ



冷たい風に頬を撫でられながら、十二宮の階段を下る。
教皇宮から大して離れていない宮で良かった、寒さが身に沁みる距離が短くて済む。
そんな事を考えつつ、執務で凝りの溜まった首を回した。
デスクワークというのは、どうも好きになれない。
それでも、今日に限っては執務当番で良かったと思う。
クリスマス・年越し・俺の誕生日と年末年始のイベントに加えて、更にバレンタインまで任務で不在となれば、飛鳥の怒りは計り知れなかっただろう。
想像するだに恐ろしい……。


「……帰った。」
「あ、シュラ。お帰り〜。」


壁の時計を見遣る。
時刻は十六時の少し前。
そして、飛鳥は頗る上機嫌。
随分と早く執務から上がれたお陰で、少し遅いが午後のお茶を一緒に楽しむ事が出来る。


「さぁ、さぁ! 早く、早く!」
「……何だ?」


コートを脱ぎ、うがい・手洗いを済ませて(これをしないと飛鳥が煩いのだ)リビングに戻ると、飛鳥が物凄く激しい手招きで、俺をダイニングの方へと呼んだ。
一体、何事だ?
招かれるままダイニングに足を踏み入れると、いつものテーブルの上に大小二つの箱が乗っているのが見えた。


「どちらか一つを選べというのか?」
「大正解。大きいのと小さいの、どっちが良い?」
「随分と古典的だな。」


俺自身にバレンタインの贈り物を選ばせるつもりとは。
当然、両方という答えは却下されるだろう。
しかし、飛鳥が俺に渡すつもりのチョコレートに、明らかなる差異を持たせるとは思えない。
となれば、彼女の事だ。
アイディアを一つに絞り切れず、ならば、俺に選ばせようと考えたのではないのか?


「デカい方にしよう。」
「はいはい、コッチね。」


飛鳥が大きい箱に手を掛けて、パカリと上に持ち上げた。
箱というか……、上に被せていただけだったのか。
そこからは湯気の上がるカフェ・セットが現れる。
ホットチョコレートにピンク色をしたマカロンが二つ。
それに手の平サイズの大きなハート形の……、これはパイ、か?


「ハートのチョコパイですよ。ちなみにコッチの箱は……、じゃじゃーん。」
「何だ、同じものではないか。」


飛鳥が小さい箱を持ち上げると、中身は全く同じ。
色も形も量も、何もかも全く変わらない。


「何がしたかったんだ?」
「たまにはシュラをドキドキさせてみようかと思って。」
「意味が分からん。こんな事で俺をドキドキさせて、どうする……。」


僅かに痛む眉間を押さえ、ホットチョコレートを啜った。
甘いチョコレートが疲れた身体と脳の奥に沁み渡って……、うん、美味い。
やはり疲労には甘いもの、飛鳥手製のチョコレートだな。


「実はね……。」
「ん?」


サクサクのパイに噛り付いたところで、飛鳥が上目遣いで俺を見遣った。
この顔は、心に疚しい事がある時の表情。
まさか……、パイの中に何か怪しいものでも入っているのか?
訝しみつつ、零れ掛けたチョコクリームを舌で舐め取るが、これといって変なところは感じられない。


「大丈夫。何もないから。何かあるつもりだったけど、止めたから。」
「何だと?」
「最初はね、どちらか片方をハバネロジャムのパイにして、ロシアンルーレットにしようかと目論んでいたの。」
「ロシアンルーレット?」
「そう、ディーテのアイディア。でも、大事なバレンタイン、大事なチョコレートのイベントに、激辛パイなんて食べさせられたら最悪でしょう。だから、二つとも同じものを用意したの。二人で一緒に美味しいチョコレートを味わいたいものね。」


思い止まってくれて助かった……。
アフロディーテのアイディアが採用されていたなら、今頃、俺は大変な目に遭ってたかもしれん。
クリスマスか新年か誕生日か知らんが、不在にした報いを、こんなところで受けさせられたら堪ったものではない。
飛鳥が考え直してくれて、本当に良かった。
もう一口、チョコパイに噛り付き、温かいホットチョコレートを啜る。
身体の奥から上がってくる安堵の気持ちと共に、俺はホッと息を吐いた。



バレンタインは甘さだけで十分



(そのハバネロ激辛ジャムパイ。アフロディーテにやったら、どうだ?)
(え、どうして?)



‐end‐





恐ろしいアイディアを与えたお魚さまに、ひっそり報復をしようとする山羊さまです(苦笑)
実際は別の義理チョコを用意しているので、激辛パイの餌食にはならないでしょうけれど。
中身の見えないお菓子には気を付けて!(特にロス兄さん)、って事でw

2018.02.14



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