petit four的御機嫌エクレール



目の前には、ふわりふわりとマグカップから立ち上る湯気。
あったけぇコーヒーが身体にジワリと沁みる季節になってきた。
窓の外では北風が吹き、ガサガサと枯葉が巻き込まれて飛ばされる音が聞こえてくる。


「タラリラ〜♪ タラリラリ〜♪」
「…………。」


聞こえてくるのは、風の音、枯葉の音、木々の揺れる音だけではない。
もっと近くから、もっとイビツな音も聞こえてくる。


「フフフ〜ン♪ フンフフン〜♪」
「……オイ。」
「何だ、蟹?」
「蟹言うな。蟹じゃねぇし、クソ山羊。つか、ありゃ、なンだ?」
「アレとは?」


トボけやがって、コノヤロー。
いつもの厚かましい無表情を貫いたって無駄だぞ。
アレっつったらアレしかねぇだろ。
他に考えられるモンが何一つねぇンだからな。
キッチンの向こうから聞こえる、あの超絶怪しげな騒音以外は。
呪いか?
呪いの呪文か?
悪魔の召還術か?


「ラララ〜♪ ララッラ〜♪」
「呪文ではない。飛鳥の鼻歌だ。」
「分かってるっての。問題は、呪文か鼻歌かの区別もつかねぇ程にヒデぇ飛鳥の歌唱力の方だろ。」
「そうか? ちゃんと歌に聞こえるが……。」


オマエはイイね、粗雑な歌を平気で聞き流せる粗雑な耳の持ち主でよ。
俺の繊細な耳には耐えられねぇわ。
頭ガンガンするし、目眩もする。
ヘタしたら吐き気も、ちょっと……。


「だったら、とっとと帰れ。貴様に俺と飛鳥の貴重な休日を邪魔する権利はない。」
「なぁにが俺と飛鳥だ、色ボケ山羊が。俺だって好きでココに居る訳じゃねぇぞ。飛鳥に呼ばれたから仕方なく居るだけで。」
「仕方なくなら帰って良いぞ。俺が許す。」


俺が許す、じゃねぇよ。
それでホントに帰っちまったら、飛鳥が泣くか不貞腐れるかすンだろが。
したら、まーた俺のせいだとかぬかしやがって、勝手に俺を責めンだからな。
あー、マジ面倒臭ぇ、人の言う事を聞かねぇバカップルはよぉ。


「で、なンの歌だ、あの呪いの歌は?」
「知らん。」
「知らんって、オマエ……。」


テメェはスイーツ以外、本っっっ当に興味ねぇのな。
俺の女だとかぬかしながらも、菓子がなけりゃ、どうでもイイんじゃねぇか。
コイツ等に係わってたら、突っ込みスキルが幾らあっても足りねぇわ。
あ〜、疲れる疲れる。
疲れた心に熱いコーヒーが沁みるわ。
最近はインスタントでも美味ぇコーヒーもあるモンだな。
コーヒー一杯で無の境地に達せそうだぜ。


「はいはい、おまたせ〜。オヤツの時間ですよ〜。美味しいスイーツですよ〜。」
「今日は何だ?」
「エクレアを御用意しましたよ、御主人様。マロンのエクレアとメープルのエクレアで御座います。」


なる程、秋のエクレア二種盛りね。
栗とメープルの香りが食欲をそそる。
コーヒーにピッタリなスイーツだ。


「美味い。」
「早っ?! オマエ、どんだけ菓子に飢えてンだよ!」
「デスさん、疲れた顔して、どうしたんですか? 甘いエクレアでも食べて、エネルギー補充してくださいな。」


摘んだエクレアは、兎に角、栗尽くしのスイーツだった。
中のマロンクリームには刻んだ甘露煮の栗、そして、全体には栗味のチョコがコーティングされている。
深いコーヒーの味を邪魔しない、寧ろ、引き立てるくらいの絶妙な甘さと香り。


「エクレアは有り難くいただくが、疲れの原因はオマエの彼氏の仏頂面と、オマエの騒音みてぇなヒデぇ鼻歌のせいだからな。よ〜く覚えておけよ。」
「ええっ?! 私の鼻歌、そんなに酷いですか?!」


酷いも何も聞くに耐えねぇ。
そう言ったら、クスンと鼻を鳴らした飛鳥が涙目になるモンだから、エクレアを頬張ったままの山羊が、キリキリと目を吊り上げる。
と、間髪入れずに手加減なしの聖剣が飛んできやがった。


オマエな、食うか攻撃するかの、どっちかにしろっての。
食べながら喋ったり動いたりは行儀が悪いと、ちっせぇ頃、サガに教わったろ。
とはいえ、俺も病み付きになりそうだわ、このエクレア。
ブンブンと飛び交う鋭い刃をよけながら、手を伸ばしてメープルエクレアを摘むと、山羊と同じように口の中に頬張る俺だった。



その名の如く、一気に食っちまえ



(え? そ、そんなに美味しかったの?!)
(美味い! 超美味いぞ!)
(あぁ、美味ぇわ。悔しいけどよ!)


――ブンブン、バシャッ、ズバッ!


(ギャー!)
(フン。やっと静かになったな。)



‐end‐





エクレア咥えたまま聖剣を振り回す山羊さまと逃げ回る蟹さまの姿が急に浮かんで書いただけとか言います。
エクレールは「稲妻」を意味するフランス語で、中のクリームが飛び出さないよう稲妻の如く素早く食べなきゃならない事から付けられたそうですよ。

2017.10.17



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