petit four的贅沢タルト



暖かな日差しに照らされた午後の執務室。
ポカポカとした暖気と、慣れぬ事務仕事の疲れが溜まってきた頭と身体のせいで、強烈な眠気が襲い始める魔の時間帯。
バタンとドアが開く軽やかな音と共に部屋へと入ってきた飛鳥は、いつものように満面の笑みを浮かべて、皆の前を横切っていく。
上機嫌に鼻歌など歌いながら、当たり前のように午後のお茶の準備を始める彼女の脳天気な様子に、眠気など何処かに吹っ飛んでしまった。



「は〜い、お茶ですよ〜。執務の手は置いて、いったん休憩しましょう。」
「今日は随分と御機嫌だね、飛鳥。良い事でもあったかな?」
「だって、今日のスイーツは、素晴らしく見事に出来上がったんだもの。そりゃあ御機嫌にもなるでしょう?」
「なるほど。今日のは自信作という訳だね。」


にっこり笑いながらコポコポとティーポットへとお湯を注いだ飛鳥は、手にしたポットを下ろすと、横に置いていたバスケットの蓋を開いた。
中から現れたのは、フルーツが山盛りのタルト。
仕上げに塗られたジャムが艶々と輝いていて、まるで宝石のようなゴージャスさがある。
角切りのメロンに、ゴールデンキウイ、そして、鮮やかな橙色のマンゴー。
爽やかな初夏色のフルーツタルトは、何とも贅沢で豪華な一品だ。


「どうしたんだい? 随分と材料費を奮発したみたいだけど。」
「沙織さんが果物いっぱい提供してくれたのよ。今日は特別な日だから、豪華なケーキを作って上げてくださいね、って。」


私の身体の陰から、彼女がコッソリと指を向けた先には、お茶を渡されても黙々と執務を続けるサガの姿。
あぁ、そうか。
今日は彼の誕生日だったっけ。
流石はアテナ、皆がスッカリ忘れている事も、忘れずに覚えていて、気遣いを忘れない。
自分が聖域を不在にしていても、働き過ぎのサガに一息吐ける時間を作ってくださるのだ。


「……あれ?」
「どうしたんだい、飛鳥?」
「ほら、珍しいなと思って。」


飛鳥の視線の先に居るのはサガと同じ顔で、ムッスリと顰め面をした男。
普段は海界からコチラに来ても、用を終えたら直ぐに帰ってしまうというのに。
今日は何故か、そのまま居座って、不機嫌オーラを撒き散らしているのは如何なる事か。


「帰らないのかい?」
「俺が居ると不都合でもあるのか?」
「そんな事はないけれど。飛鳥も珍しいって言ってるから。」


ジッと見遣ると、観念したかのようにハァと大きな溜息を吐く。
そこに飛鳥が紅茶のカップを運んできて、カチャリとデスクの上に置くと、そのまま不躾に彼をジロジロと眺めた。


「……アッチに戻ると煩わしいからな。」
「何がです?」
「ウチの奴等、俺の誕生日にかこつけて、パーティーだー、お祝いだーと、騒ぎたがるからな。」
「嫌なんですか、お祝いされるの?」
「俺の歳では、アイツ等のバカ騒ぎにはついていけん。」


そうか、確かアチラは十代の子達が多くて、カノンだけが大きく歳が離れていた。
彼等のノリが理解出来ずに、眉間を押さえるカノンの姿も容易に想像出来る。
しかも、そのノリの真ん中に自分が据えられるというのだから、逃げたくなるのも分かるな。


「じゃあコチラでは、落ち着いた大人のお誕生日祝いをしましょうか。ねぇ?」
「紅茶が冷めてしまう前にいただくぞ。折角、飛鳥が焼いてくれたタルトだ。一番美味しい時に食べてしまわなければな。」
「サガ、いつの間に……。」


先程まで顔も上げずに書類と格闘していた筈のサガが、いつの間にやら、ケーキ皿を片手に応接テーブルへと移っているではないか。
その横では、飛鳥が嬉々としてフルーツタルトを切り分けている。
カノンと私は顔を見合わせ、それから大きく肩を竦めた。


「大人の誕生日ねぇ……。」
「豪華なタルトに、最高級の紅茶。ゆっくりゆったりとした休憩時間。これぞ大人のティータイムでしょう?」
「このひと時だけは仕事を忘れてホッと一息吐ける。素晴らしい贅沢ではないか。」


サガの言う通りだな。
カノンも、そう思ったのか。
何も言わずにソファーに腰を下ろし、ケーキの皿に手を伸ばす。
その少しムスッとした顔は、だが、飛鳥のタルトを一口食べた瞬間、甘酸っぱい美味しさにホロリと崩れ去ったのだった。



誕生日の和やかティータイム



(私達だけ、こんなに美味しいタルトを食べた事、後でシュラに知れたらマズいんじゃないかい?)
(あぁ、無言の怒りが落ちそうだな。あの子は甘味に対してだけはネチっこく恨むから。)
(大丈夫。シュラの分は別にワンホール用意してあるの。)
(俺等の誕生日なのに、俺等が一切れで、アイツがワンホールなのか……。)



‐end‐





初夏フルーツのいっぱい乗ったタルトが食べたい! という私の欲望の現れですw
数日遅れましたが、サガ様・ノンたん、誕生日おめでとう御座いました!

2017.06.04



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